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傾国の美女 楊貴妃 開元7年 己未年 6月 庚午月 1日 戊午日 空亡 子丑大運 2〜11才 辛未。12〜21才 壬申。22〜31才 癸酉。32〜41才 甲戌 |
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長安に生まれ(現在の西安)性は玉環という、戊土に地が午月に生まれて日支も午に坐して火多く戊は焦土と化すとも月干の庚金は吐秀の美となるが、火土を納める金水が廻れば更に命は美運となる。 大運辛未の運程中の10才の時の己巳年に、未午未と南方方局が成立して火多く親の火は極旺となり父と母が急死する、身旺は無依となり親縁なく伯父に引き取られる、12才から壬申と待望の金水同来という佳良な五行が廻り始め16才の甲戌に玄宗の息子の寿王林の後宮に嫁ぐ、壬の財と申の食神を同時にみて社会性が財に転化して水を得た魚のようなものである。 22才癸酉運に交入して玄宗の後宮(大奥)に入る、癸は戊土に地と干合して財夫と密着し酉は命中の午と桃花殺現象を生じて酒色を浴びる時である。 32才から甲戌運に交入して絶頂期を迎える。甲は日干の戊土の七殺になり矛先が自分に向けられる官災に会うときであり、戊は火土の庫にして墓中に入る時が来ている。 節度使の安禄山の反乱に会い若き人生を終わる、身強に甲木は青雲を直上するも、焦土の火はただ火炎を煽って騒動の原因となり美人薄命に終わる。 By Byakuran |
後宮には美女は三千人いるが、その三千人の寵愛を一身に集めてしまった。黄金づくりの御殿で化粧をととのえると、あでやかに夜のお伽をし、玉の楼閣での宴がはてると、酔い心地で春にとけこむのであった。(白居易「長恨歌」より) |
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