予知の夢
その1
A夫人の夫はオクラホマ州ヘンリエッタの鉱山から石炭を運ぶ荷物車両の転轍手であった1934年10月4日の夜半、夫人は夫がほおから血を流して帰宅するのを夢に見た。夢があまりにもリアルだったので夫人は脅えた。午前4時に夫が帰ってくると夢の話しをしたが、夫は笑うだけだつた。翌朝2時に夫は夫人をたたき起こした、ドアを開けると昨晩夢で見たとおりの姿で夫はほおから血を流してドアの前に立っていたのである。
その2
サラ・マーチン夫人は娘の寝室のドアからすすり泣く声とうめき声が聞こえたので、彼女はドアを開けて娘のマーガレットに駆け寄った、彼女は目から涙がポロポロと落ち頬を伝って流れていた、マーチン夫人は娘を揺り起こした、彼女は起き上がって目をこすると急に泣き出した。
「あの子が死んじやつたの。あの子が死んじやつたの。」と少女は泣き叫んだ。
「誰が死んだの、どうしたっていうの」とマーチン夫人は尋ねた。
「ブラウニー(犬の名)が死んじゃつたの」少女は泣き叫んだ。
母親は言った「馬鹿なことをおっしゃい。あの子はさっき1ポンドものお肉を食べたばかりよ、生きていますとも」
少女は弱々しく笑って言った。「夢を見たんだわ。あたし、ブラウニーが車に轢かれたってママが言う声を聞いたの。とてもはつきりしていたわ。今日はあの子を外に出さないで」
その二日後、マーガレットが学校から帰ってくるとマーチン夫人は娘に交通事故によるブラウニーの死を告げた。
その3
1929年3月29日の朝、レイモンド・リーブスは起きてすぐベッド脇の机に置かれた紙と鉛筆に手を伸ばして次のような夢を記した。「株を含めて何もかも売らなければならないという勘を得た。赤い服を着た家内に雄牛がついて行くように見えた。」
1929年4月6日、リーブスは、今度は人殺しをした男たちの群れを夢に見た。その中の一人は殺すのに使った皮下注射針を持つていたが、男はリーブスにその針を突き刺した。
リーブスはニューヨーク市場の一員だつた。彼はリーディングで解釈してもらうためエドガー・ケーシーのもとにその夢を持ちこんだ。
最初の夢の解釈は、間もなく起こることを印象として捉えたものであると述べられている。長期に及ぶ株の暴落が起ころうとしていたのである。リーブスが高く評価していた別枠株のような最良と思える株すら暴落しようとしていた。4月6日に見た2番目の夢について。エドガー・ケーシーのリーディングから次のような後述が与えられた。
「注射は市場を支えようとの試みを暗示している。金融界の中枢にパニックが起こすほどの暴落が必ず来るはずである。ウォール街ばかりか他の中心的な市場の多くが閉鎖され、現行の貨幣価値が調整し直されるのである。調整の数ヶ月は相場の上昇下落が相次ぎ、最後に大暴落を招くことになるだろう」
リーブスにとつて、夢を見た時点では雄牛が株式市場のシンボルだったことは確かである。しかも妻はこの夢のすぐ後に離婚を求めてきたのである、雄牛が彼女のすぐ後を追っていた。そして赤い服は危険を示す信号であった。
1929年10月29日、アメリカの歴史始まって以来の大不況が訪れたことは周知の事実である。
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悪夢を正夢にしないアドバイス
私も以前に交通事故の悪夢をよく見ました。当時は自動車の運転免許を取ったばかりで、よく交通違反でつかまつたりしました、大きな事故はしませんでしたが、小さな事故はよく起こしました。そして実際に起こした事故の恐怖感が抜け去らないせいか、夢の中で車をぶっつけたり、車がひっくり返ったりした(実際に車がひっくり返った事があつたので)夢をよく見ました。それで実際に正夢になりはしないかとても心配になり、占いの先生に相談しました、すると先生は、そんな夢を見たら紙などで車のおもちゃなど作りそれを破りすててしまうといいと言いました。(紙に夢に見た車の絵を描き、それを破り捨てても良い)とアドバイスされました。
又、古代の人々は悪夢が正夢になった例があったせいか、「夢違観音」(ゆめたがえかんのん)という名前の観音様に願をかけて願ったそうです。不安な人は一度試してみてはいかがですか。観音さん聞いてくれるかどうかは、その後のあなたの心がけ次第と思うんだけど。
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