民俗学者の今野円輔氏の「日本怪談集」に収録の昭和32年の朝日新聞の記事です。
その年のある日に海苔採取業を営む江東区南砂町の若い男性が行方不明中の母親を探すためにお堀端の警視庁鑑識課をたずねました。近くの警察で聞いたら警視庁の変死名簿を調べるようにいわれたからです。青年によると母親が見えなくなったのはその年の1月末以後ぷつっりと消息を絶ってしまったのです、
どこかで死んでしまったのではないかと気をもんでいたところ、数ヶ月後に母親が夢枕に現れたそうです。「夢の中で、母は『いま"新田"というところにいる』といいました、その姿を見ると、髪が真っすぐ上に立っていたのでした。私は母が死んで、息子の私を呼んでいるのだと思います」と係りの人言った。話しを聞いた鑑識課員は「夢の話しなど持ち出されても……」と思い眉をひそめました。けれども男があまりにも熱心に食い下がるので、とにかく帳簿を調べることとなりました。
変死帳簿には遺体が発見された場所や遺体の特徴などの記述のほかに、遺体写真も貼ってあります。「やっぱりそんなのはみあたらない」…とつぶやきながら鑑識課員はカードをめくっていきましたがもう残りわずかというところで、カードをめくる彼の指がピタリと止まりました。というのも、ちょうど青年のいう年配の老女の写真が出てきたからです。
鑑識課員は、死体発見場所に目を移しました、するとそこには「江戸川区新田二の四五六一先海上」と、青年が口にした「新田」の文字がはっきりと記入されています。思わずギクリとしながらもその写真を男に見せました。その結果まぎれもなく行方不明だった母親の変わり果てた姿だつたのでした。
老母はおそらく家の近くの川に落ちたのでしょう、そして東京湾に流れて新田近くの海面に浮いていたところを水上署員に発見されました。心ある水上署員が髪をくしけずってやつたために老母の髪の毛はきれいに立っていたのでした。
ここで老母の息子さんがこの夢を見たかということについて、二通りの解釈が成り立ちます。一つは霊魂が実在して老母の霊魂が息子に夢を介して自分の居場所を告げ知らせたという解釈です。この場合は霊魂不滅の考えが成り立ちます。もう一つは行方不明になった母親のことが気がかりだった息子が無意識にテレパシーを飛ばして母親の所在を捜し求めていたのが数ヶ月後にその情報を捕らえ、それが夢を介して意識の世界に伝わったという解釈です。この場合は霊魂不滅説は否定されますが、どちらが正しいかはわかりません読者の想像にお任せします。(夢にまつわる不思議な話し。不二龍彦著より)
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