この話しは警視庁のT刑事が殺人犯逮捕の経緯を報知新聞の記者に語り昭和4年の報知新聞の「懐旧談」として掲載されたものです。
時は大正4年5月の中頃にさかのぼります。東京市外の寺島に住んでいたT刑事は、その頃毎晩のように悪夢に悩まされていました、血みどろの若い男性の幽霊が何かを訴えそうな様子で夜毎に夢枕に立つのでした。まだ5月の中というのに早い夏の訪れに、ただでさえ寝苦しいところに連夜の亡霊でT刑事はすっかり滅入っていたのでした。そのような折、5月の16日深夜1時ごろ事件は発覚しました。銀座一丁目十四番地の石田家具店前の路上に、油紙や細紐、風呂敷きで幾十にもくくられた23〜24才くらいの若い男性の惨殺死体が発見されたのです。
連絡を受けたT刑事は、警視庁殺人課主任の吉田警部、東京地裁の金山検事らとともに、直ちに現場に急行しました。そして遺体の顔を見た瞬間にT刑事は思わずゾーッとしました。その遺体の男性が毎夜夢枕に現れる亡霊のその人だったからです。
所轄の北紺屋署長と係員と検死したところ被害者の肩口から「浅草区駒形町十二、天狗ローソク本舗増田商店」と記された血染めの紙片がみつかったからです、この紙片を手がかりに捜査を進めた結果、被害者は千葉県東葛飾郡風早村出身の森荘太郎さんと判明、犯人は増田商店関係者だろうと絞り込まれました。
T刑事がさっそく浅草の増田商店に向かい、主人に事情を聞いたところ森荘太郎さんの亡霊がぼんやりと増田商店主の後ろに浮かびあがりました、さらに家宅捜査の段階になると刑事を導くかのように亡霊はどんどん土蔵の二階に上がっていくのでした。
亡霊に続くようなかっこうで二階に上がって見たものは、転々と散らば血糊と凶器でした、そこはまさしく増田商店主によって惨殺が行われた犯行現場だつたのです。こうして事件は森荘太郎さんの夢と幻影が犯人と犯行を指し示すことにより、みごとに解決しました。
(夢にまつわる不思議な話し。不二龍彦著より)
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