この事件は当地方のローカルニュースでも事件後は毎日のように取り上げられ地元の人々はよく記憶していると思います。犯行は昭和55年12月2日に起こりました。名古屋市港区に住む女子大生の戸谷早百合さんは家庭教師の募集の広告につられて、すし店主木村修治(木村被告には妻子があり子供の教育上で家庭教師に関しての情報をよく知っていたのです)に呼び出されすぐに殺害されました、この殺害直後に犯行現場を夫婦連れの車が通りかかり、女性が横たわっているのを目撃し走り去っております、事件解決後に警察に女性が乱暴されたものだと解釈し、かかわりになるのを恐れて通報しなかったと言っています。そして遺体は東名阪自動車道の木曽川橋より投げ込まれたのでした。戸谷さん宅には身の代金を要求される電話がありましたが、もうすでに早百合さんは殺された後でした。
犯人の木村修治は事件後に海部郡のレージャーランド(戸谷早百合さんの自宅とは隣町ていどの距離)の某温泉(ここですし店を経営)より名古屋市東区に引っ越しをしましたが、それがかえって警察よりマークされることとなりました。そして翌年56年の1月20日に身柄を逮捕されました、自供により遺体が投げ込まれた木曽川橋の下を流れる木曽川一帯の捜索が行われましたが、いっこうに遺体は見つかりませんでした。このとき父親の戸谷義光(学校の教師で数年前に車を運転中に車ごと用水に転落し奥さんが水死する)さんは、警察にもっと東名阪自動車道の木曽川橋の上流を探してほしい、早百合があの鉄橋を歩いてきたり、橋の下にいる夢を何度も見ている」と頼みました。義光さんは早百合さんが「水底から助けを求めている夢」をよく見ていたからです。おそらく一人娘の早百合さんとの情愛が一番深い人だからだと思います。
けれども警察は木曽川は上流から下流に流れるもので遺体はすでに伊勢湾に流されたものとして、木曽川にはないとの判断でした。しかし事件発生の半年後の5月5日の子供の日に、釣り人によって早百合さんの遺体は発見されました。そしてその場所は東名阪自動車道の木曽川橋の上流へ1キロの地点だったのです。このことを疑問に思った警察は似たような条件で遺体に見立てたダミーを木曽川橋より投下して遺体がどう流れるのか実験を行っています。地元の漁師などは木曽川でも河口部に近く川幅が1`以上もあるこの流域の場所によっては、このような事(逆流)が起こることがあることを言っています。大事な証拠である遺体が海に流され海底に沈むことなく発見されたのは幸運なことでした。(水死体などの遺体は常に浮きっぱなしではなく、また沈みっぱなしでもなく、日数によって浮き沈みすると言われています)
最後に美しき花の蕾をむしりちぎられるかのように亡くなられた早百合さんと、そして悪魔に魅入られ犯行に及んだ木村修治死刑囚(平成7年に刑執行)のご冥福を祈ります。
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