(1875−1961年、スイスの心理学者・精神医学者。人間の主体性を重視した分析心理学を創始する。人間を外向型と内向型に分類して精神障害者を心理療法で治療する方法を創出した、そしてユングとフロイトは生涯をとおしての友人でした)
ユングによる夢分析はフロイトの夢分析を全体として受け入れていながらも、これをさらに進めて人間の無限大に広がる内的世界へ踏み込もうとしているのが特徴です。たとえばフロイトは芸術作品を見ても抑圧されたものの表れだと言ったのに対して、ユングはそれは文化を破壊する意見ではないかと非難をします。
二人がウイーンで会った時に、突然大爆音がしました、ユングはまた爆音がする予知しました、そして本当にそうなったのです。その時にフロイトはユングの優れた直感力にびっくりしたと言っています。また二人でアメリカへ旅行した時、毎日のように二人で夢を分析しあって楽しみました。ところが二人の夢の解釈はかなり異なっており、ユングが見た夢をフロイトはうまく分析できなかったのです。
これをきっかけにユングはフロイトから離れて「普遍的無意識」という考えを主張し始めました。それは夢は自然の中のひとつで、そこには古い歴史の中で積み重ねられてきたさまざまな文化もかかわってくるというものでした。
「エネルギーは必然的に対立があらかじめ存在することを前提にしている。対立がなければエネルギーが生ずる可能性も全くない。エネルギーの平衡(つりあい)する過程が生じるためには、つねに対立が先行していなければならない。生きとし生けるものは、すべてエネルギーであり、それゆえすべて対立に頼っている」この対立という考え方こそが夢のユング心理学の基礎となるものでした。つまりユングは夢は何かと何かとの対立から生まれてくるということを発見に至ったのでした。
ここでユングの見た貴重な夢を紹介しましょう。
「昔の騎士たちが、かぶとをつけたまま古い教会の地下にある埋葬所にいる。石の棺の中には1830年頃の死体が安置されている、ユングはその死体をジーツと見つめ続けていると、なんと死んでいるはずの人が動き出した、次々に他の死体も同じように動いた。最後の棺は12世紀の十字軍の兵士のものらしく手を組んで死んでいた。同じようにユングが見続けていると、左手の指がかすかに動き始めた」この夢分析の中でユングは古い先人の体験が自分の心の中に刻みこまれているのではないかと考えるようになりました。(この問題は最近のめざましい進歩を遂げた遺伝子やDNA研究によっても解明される可能性があるかもしれません)
その後、ユングは夢だけでなく心の奥にある深層をも明らかにすることによって心を病んでいる人の治療へと向かいました。夢の分析として、その人が描いた絵画と夢のかかわりあいをさがしていく方法も取り入れるようになりました。そして85歳でこの世を去ったユングの最後の夢を、バーバラ・ハナーの「評伝ユングU」から引用して紹介しましょう。「私は鮮明な光りを浴びている別のボーリンゲン(地名)を見た。それは今や完成して住む準備が整ったという私に語りかけた。そこからずっと下のほうで、母くずり(いたち)が子クズリに、水の中で潜ることや泳ぐことを教えているのを見た」チューリッヒにある湖畔の別荘以外に次ぎの世界に住む家が完成したというもので、人生の終わりに死の準備をするところまで来たという夢です。まさにユングの晩年にふさわしい夢であるといえます。
滝沢清人著「夢分析」
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