ある司祭の見た夢
1914
年の6月にオーストリア帝国のフランツ・フェルディナント皇太子夫妻は現在のユーゴスラビアのボスニアにおいてオースリア帝国軍による軍事大演習の演習統監のためサラエボを訪れた。1914
年の6月26日にバルカン半島のヨシフ・デ・ラニー司祭は夢を見ました、それは親しくしていたオーストリア帝国の皇太子であるフランツ・フェルディナント大公夫妻が車の座席にて至近距離より射殺された夢でした、その夢はさらに続きました、司祭の書斎テーブルの上にはオーストリア帝国の大公家の紋章を拝した黒枠の手紙が置いてありました、文面には「………殿、妻と私はサラエボにて政治犯の犠牲になりました。貴殿(司祭)の祈りに私し達をゆだねます。1914年6月28日午前4時、サラエボにて」………翌日、皇太子夫妻が、汎スラブ主義の秘密結社による周到に準備された計画により、セルビア人の一青年によって射殺されました、そしてこの事件が世界を巻き込む第1次世界大戦の引き金となったのでした。
1914年6月28日、サラエボの市庁舎を出るフランツ・フェルディナント皇太子夫妻。この数分後に夫妻は暗殺の凶弾に倒れる、この前夜に夫妻と親しいヨシフ・デ・ラニー司祭が、自分の死亡を告げる大公の手紙を受け取った夢を見ました。
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不思議な夢 |
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