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昭和61年4月8日
春到来の東京。某芸能プロダクション前。快晴である。
ちょうど1年前、このビルの屋上から一人の少女が短い人生に自らピリオドを打った。
悲しいかな…事件からしばらくは 話題で持ちきりだったが1年というわずかな時間で、ごく1部の人間以外は 記憶から遠ざかっていった。
私も「普通」の精神状態だったら、ここには来ていなかっただろう。
いろいろあったもので、有給を使ってでも、ここに来てみたい衝動にかられたのだ。時折吹く風が冷たく感じた。桜は咲いていた。
10時をすぎたあたりから、大きな花束を抱えた若い男が現れ、現場となった場所に静かに花束を置いた。…正確には その「現場」…という「地点」というか、その「場所」は、小さな花壇が設けられていて、1年前とは若干、景色が変化していた。だから花束を持ったファンはその花壇の横にそっと献花するしかなかったようだ。次第に花壇の横には花束の山が築かれてゆく。それを見ていたプロダクションの関係者が急きょ ビルの入り口のロビーに献花場を設け、その後献花に訪れた方々に、そこへ案内を開始した。私は花は用意していなかったので、ただ、その「現場」にたたずんでいた。時折通行中 足を止め合掌するおばさん。献花を終え、それでもその場から離れようとしない若きファン。いろいろな光景がそこに、あった。
しばらくすると…ファンクラブの関係者だろうか?何かチラシのようなものを配り始めた。
それは新曲発表予定だったシングルがこの事件によって 発表が見送りとなり、幻となった彼女の最後の「曲」を署名により発売させようという内容のチラシであった。
「花のイマージュ」というタイトル。
歌詞も載せてある。
気持ちはわかる。でも、…そっとしておいてあげたら?
私の率直な気持ちであった。
彼女の死後、発売された本で、彼女自身 芸能活動に疑問を抱き始め…という手記があったことを思い出した。
彼女はもう…歌えない。だから そっとしておいてあげようよ…これが私の結論。本当の答えは彼女自身しか知らない。
それよりもこの時に ずっとテーマとして考えていたのが「死」なのだ。
自分自身で「死」を迎える。俗に言う「自殺」。
「自殺」という行動に走るときの人間の心理は極限状態であるはず。1年前のこの日。彼女はどんな気持ちであのビルの屋上に立っていただろう?歌番組のセットで少しでも高い場所になると歌えなくなってしまうほどの高所恐怖症の彼女が・・・。
「早く 楽になりたい」それとも「もう…息もするのもつらい」?
何を隠そう、私自身半年前…11月に 付き合って 結婚まで約束した女性から「終り」を告げられ、目の前が真っ暗になり、「死」も考えたことがあった。
でも、そう思っても、思いとどまらせるものがあった。それは1年前にこの事件があり
別れた彼女に対し「どんなにつらくても死んじゃ…だめだよね」と得意げに説教をしたことがあった。だから ここでくたばっては、去っていったあいつに馬鹿にされるのもイヤだったから…そんな心の葛藤があった。
つまり彼女の「死」が私にとっての忠告であったと受け止めることにしたのだ。現在こうして自由にホームページを開けたりできるのも、彼女のおかげと思っている。
だからちょうど1年目。この場所に来て、お参りをしたかったのである。ファンとしても含めて。
夕方までいただろうか?日が大きく西に傾いていた。
ゆっくり休んで下さい。あなたのことは決して忘れません。
また機会があれば 来ます…。さよなら
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