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| ミッチ・ツアー日程表 | |||||
| 7月 | 24日 | (金) | 東京 | 東急本店 | 夏休みイヴェント |
| 25日 | (土) | 東京 | 中野サンプラザ | サマーフェスティバル’81 | |
| 26日 | (日) | 愛知 | 東別院青少年会館 | ファンの集い | |
| 27日 | (月) | 大阪 | OFF | 大阪空港にてお出迎え | |
| 28日 | (火) | 大阪 | 東映アニメポリス・ペロ | ミニ・コンサート | |
| 29日 | (水) | 大阪 | なんば花月 | 「花の駐在さん」公開収録 | |
| 30日 | (木) | 神戸 | ポートピア | 私事 | |
昭和56年7月24日
私が高校2年生の夏のことでした。
アルバイトで稼いだお金を財布に突込み ごくわずかの着替えをスポーツバッグに詰め込み 自宅を出発しました。
行き先は東京です。
夏休みのイヴェントで東急本店屋上特別ステージでミッチ達のミニコンサートが行われます。
会場でササ兄貴と合流。他の関東のいつもの仲間も揃っておりました。
イヴェントが始まりました。
かおりくみこさんの登場。かおりくみこさんを見るのは始めてです。実は次に登場する人はステージの下でスタンバイをするのですが、かおりくみこさんがステージに上がるとき、ミッチに気が付き ふたりは熱く抱擁を始めました。(笑)仲の良い証拠でしょうか。ミッチは番が来るまで 屋上に展示してあるペット用の犬とたわむられておられました。本当に犬が好きなんですね。
後日の「独言倶楽部」でミッチはこの日のことをこう、語られております。
「小さな・・・まだ、歯がはえたばかりのちっちゃな子犬がいたんですよ。・・・指を出すと一生懸命に噛み付いてくるの。
オリに入った子犬を見ていたら、なんか、涙がピ・ピ・ピ・・・と出てきちゃったンだよ〜」
ミッチの人柄がうかがえる台詞です。
さて、ミッチの出番です。この頃は関東でも、関西に負けないくらい声援が多くなりました。アチコチから、ミッチコールが起こります。本日のミッチの衣装は白いミニです。アルバム「Image」を発表以来、この衣装が多くみかけられました。
「私の脚・・・。幼く見えるらしく、仲間の間で”魔法使いサリーちゃんの脚”・・・って呼ばれるんですよ」
歌の間のフリートークでミッチはこう、語られました。そんなことはありません。とってもきれいな おみ足です(笑)私はこの日ミッチの「脚」ばかり見ていたような気がします。(笑)
20年前の話なのでこの日、ミッチが歌われた曲目は不明です。「Image」の中から数曲歌われた・・・という記憶だけです。
イヴェント終了後、オレンジペコの会長さんのアパートに泊めていただくためにササ兄貴と池袋を目指しました。途中「餃子の王将」でギョーザライスを食べ、明日からのハードな日程に備えて栄養を補給しました(笑)池袋から赤羽まで徒歩で移動し、アパートに到着。そのまま就寝。
昭和56年7月25日
場所はサンプラザ中野。もとい、中野サンプラザ。ここで夕方からアニメ専門雑誌「アニメディア」の創刊を記念を兼ねて「さよなら銀河鉄道999」の映画完成イヴェントが行われる。ミッチは特にこの映画には携わってはおられませんが、出演するというので来てみたというわけだ。
昼過ぎに会場に到着。
気が付けば、ササ兄貴が、コロンビアレコードの関係の方と話をしている。ササ兄貴が戻ってきて話を聞いてみれば、メインでかおりくみこさんが「さよなら」をお歌いになるそうだが、ミッチみたいな派手な(笑)応援がないので、急きょ、ソレをやって欲しい…とのことだ。
ミッチがステージ上で熱唱されておられるときは、いつのものように大声援を送り、その後は、かおりくみこさんが「さよなら」を熱唱されている間、「くみちゃ〜ん!」と声援を飛ばす我々であった。メアリーマックレガーさんより、かおりさんの「さよなら」の方が私は好きである。
「999」のイヴェントの後、その足でササ兄貴と東京駅へ。最終1本前の名物列車「大垣行き」に乗り込むためである。ご参考までにご紹介しますが、1日に1本。それも最終間際の長距離ドン行列車。それが「大垣行き」なのだ。普通運賃で名古屋の先まで行ける。それも夜行。窮屈な座席でぐっすり眠れば
朝の7時には名古屋に着くって寸法だ。予定は名古屋で明日行われるミッチのファンの集いに参加の後、そのまま大阪入りの予定なので、切符は大阪駅まで購入。夏休みということもあり、この列車、おおむね満席だ。我々のほかに大阪から(京都かな?)来ておられた中嶋さん(だっけ?)も同席でした。
2002年現在 東京発23:43→大垣着6:55
この名物列車「大垣行き」は「ムーンライト ながら」という名称が付き、車両も専用に変更されて、座席で仮眠を取りやすいように考慮されている模様。(右写真が ムーンライト ながら の車両)
この夜行列車、1996年まで165系急行型電車を使用して「大垣夜行」と呼ばれていました。全車自由席のため、東京・大垣の両始発駅では、青春18きっぷが使用できる期間中ともなると3時間前でもすでに長蛇の列ができていました。現在は指定席制になり、特急型車両を使用しているので乗り心地もずいぶんとよくなって快適に過ごせます。ただ、人気列車ですので指定券はすぐ売り切れてしまいます。
http://www5.airnet.ne.jp/maya/18ticket/18_07.html
東京を定刻どおり発車。途中、普通どおりの駅に停車をするが、小田原を通過し、静岡付近になると、いきなり急行電車に早変わり。午前3時には、浜松駅に到着。なぜか、ここの駅では、停車時間を長めにしてくれて、深夜なのに駅弁等の販売を行っており、まさに深夜のおやつの時間だ。ここで、小腹を満たし、後はぐっすり眠るだけ。おやすみ…。と言っても座席でごろ寝。(笑)参考までに靴をはいたまま眠ると疲れるので、足元に新聞紙を大きく広げて、靴を脱ぎ、リラックスすると良いことに気が付きました。それでも熟睡は無理ですけどね。(笑)
車掌さんも気を使ってくれて 深夜の場合は車内アナウンスは控えめにしてくれます。
昭和56年7月26日
ここは名古屋のどこだっけ?
おなかが減ったので適当な喫茶店に入りモーニングコーヒーを優雅に頂く。
む?名古屋のモーニングはすごいと聞いてはいたが、やっぱりすごい。コーヒーだけにおなかがいっぱいになるほどのトーストやらサラダやら…。得した気分のはんぺん。
やることがないから、そのまま本日のファンの集いが行われる会場へ向かう。
そこでただ、ぼぉ〜…っとしておりますと、向こうからどっかで見かけた変な顔がやってくる。そう、某大阪大学を現役で入学したことをさりげなく、ひけらかす「堀江美都子ファンサークル紅」3代目代表のS氏でありますぅ。
パチパチ!拍手までしたかは覚えておりませんが、とにかく会長さんです。
「よぉ来たのわれぇ、まぁ 上がってんかい」とばかりの関西弁で歓迎してくれました(笑)
他のスタッフである、Kunさんも一緒にいる!あぁ…この方がKunさんかぁ…。
彼女は去年まで中部支部長をされておりまして、大阪の専門学校に入学されたので、本部のスタッフになられたというわけ。会報などにイラストを書かれておられたので、お名前だけは、前から知っておりました。そのKunさんと話がしたかったのだけれども、谷新代表(仮名)の激しい妨害にあい、ろくすっぽ会話ができません。なんやねん!ごるあ!
他には「紅」初代総長「クロさん」こと平さん(仮名)と副総長の木榛さん(仮名)とか、スタッフが一杯来てます。あとで挨拶をしておこうと、思った私でありました。
ショーレポ
「ファンの集い」も終了し、我々はこのまま国鉄で大阪入りする予定であったので、地下鉄を使って名古屋駅まで来ました。
ミッチが新幹線で東京へ戻られる というので、お見送りです。ホームにはいっぱいミッチを一目見ようと 集まっていました。その時にある人物から声をかけられました。
その人は 堀江美都子ファンサークル「紅」初代総長 田平さん(仮名)でありました。
この年の正月の東京特別集会で、お顔を拝見いたしておりましたのが、お話をしていただく時間がなく、ご挨拶もしていなかっただけに、私のようなチンケな会員を覚えていていただいてくれていたことが 大変 うれしゅうございました。(笑)
田平さん(仮名)「お前なぁ〜…退会やで!」
いきなりの、おきつい お言葉攻撃を頂戴いたしました。
何でも 2代目にお譲りした際の 「紅」の会誌に載せた1枚のイラストが 非常に お気に入りのご様子で、それについてのありがたい お言葉でありました。
その後は元副総長の木榛さん(仮名)を交え 駅のホームで空手の組み手なんかをして交流を深めました。
そんなことしているから、ミッチを見逃すんです。ミッチがすでに車中の人でした。今、万感の思いを込めてベルが鳴ります。
ミッチを乗せた新幹線が静かにホームからて行きます。
お疲れ様でした。
さて今度は我々の移動です。
谷新代表(仮名)の勧めで近鉄特急で難波に向かった。国鉄の払い戻し金で近鉄特急に乗れました。初めて乗りました。近鉄特急に。おしぼりが出るんですね。(感動)そして、
やってきました大阪ですぅ!
夜の難波。パリーグ、南海ホークスのお膝元。あぶさんグッズがないか、探しましたがありません。
谷新代表(仮名)と副総長の木榛さんが食事をゴチしてくれるというので御供いたしました。おまけで山崎副代表もいたかな?
どこだったか、場所は忘れました。たしか、高層ビルの屋上のレストランで、夜景がきれいだったことを覚えています。そこでミッチについて いろいろな楽しい会話をしました。「飲むか?」の副総長の木榛さんのすすめでビールを1杯。いや いっぱいか?
バドワイザーがおいしかったです。
未成年のくせに酔っ払いました。その後で スタンド風の「たこやき」を買ったのですが、うまいのなんの!普通はソースを付けるじゃないですか。ここのはだし味が効いていてそのままでもうまい。感激でした。酔っていたので記憶がないのですが、梅田駅前で「キャンディ・キャンディ」を歌い出したときは、殺そうか…と思ったとササ兄貴の話。まじ?
時刻は深夜になり、明日の落ち合う時間を確認して スタッフと別れ、ミッチツアーの2人は今夜の宿を捜した。見つけたスポットは!オールナイトの映画館。3本立てで¥500円ポッキリ。トレビアン。大きな荷物を持った男2人 ご入場です。
私「すいません…これって、僕は見てもいいの?」
ササ兄貴「好きだろう?」
私「嫌いではないけども、僕はまだ17歳だしぃ〜」
ササ兄貴「何だかんだ言って見てるじゃんか」
スクリーンでは、画面2/3にモザイクが、かかっているという作品で、…。
3本とりあえず見て、寝ました。(笑)国産の作品は良い。一応、ストーリーがある。(笑)
昭和56年7月27日
早朝の難波をうろつく2人。モーニング目当てで、喫茶店に入り、小腹を満たして、梅田駅まで。梅田駅中央改札口で待ち合わせ。この日はミッチのイヴェントがないので、どうして時間をつぶすかが大きな課題であった。
しばらくするとサル顔の谷新代表(仮名)が登場。
駅前の阪神デパートに行こうと指差す。ん?海水パンツを買えって?
買い物が終わってさっきの中央口に戻ればKunさんも来ていました。そうか!皆で海水浴ってわけね。Kunさんの水着姿が見られると、思ってワクワクしちゃいました(笑)
やってきました神戸は須磨の海岸。湘南海岸に比べて海水がきれいです。その話をしたら、これでも汚い方だというから驚いた。海水パンツをはいてさぁ!海へ…といっても私は泳げません。海の家でトラックのタイヤほどの大きさの黒いゴムチューブ製の浮き輪を借り再び海へ。楽しい!楽しすぎる。
ところでKunさん。どうして砂浜で座っているの?海においでよ。
そう、世の中は甘くない。彼女は荷物番で 泳がないんだ。残念。
海の上では、私は浮き輪の輪の中にお尻を入れて、プカプカ沖まで行って浮いていました。
気分は最高。天気も良い。夏はいいなぁ…。と大阪の夏を満喫している所へ谷新代表(仮名)が泳いでやってきた。何か後ろの方でゴソゴソやってるんだ。あ〜…
こともあろうか、浮き輪の空気を抜きやがった。ブクブクと沈んで行く体。漫画のように溺れる私。しかし谷新代表(仮名)は、助けようとしてくれない。サークルの名前が「紅」だから(シャレなんですが)仕方がないことか。本当に溺れていることに気が付いてくれて、ようやく助けてくれました。
しかし谷新代表(仮名)さん…なんで野郎の背中にサンタンオイルをぬらな、あかねん。東京から来てるんだから私に塗って!!
そして夕方 一行は大阪空港へ。(現在の伊丹空港)
今日、海に行って日焼けをしたので、顔がヒリヒリします。変な顔になっているんじゃないかと、心配の中、到着ロビーへと向かいました。「紅」の会員さんがいます。それは 今夜大阪入りするミッチをお迎えするためです。ほぉ〜こうやってミッチに会えるなんて、うらやましくなりました。普段着の(笑)ミッチが登場。遠巻きに拝見いたしました。声をかけるなんて 当時の私にはできません。(笑)
それよりも「紅」応援隊隊長の上村さん(仮名)…何をやってるの?到着ロビーで発見した高見知佳(芸能人)(芸名)(本人)にサインを求めていました(笑)
当時の「紅」は飛行機によって大阪入りするミッチを空港で待ち伏せして(笑)そこで最新の情報を入手するという、なんとも効率の良い方法をとっていました。まぁ、これを理由に生のプライベートなミッチが拝見できるということは うらやましく思いました。だから、結構な数の会員さんがお出迎えをしていたように思えます。ミッチはタクシーで宿泊先へ向かわれました。そして、解散。
さ〜て…今夜はどうしようか?
明日のイヴェントの会場は御堂筋にある東映アニメポリス・ペロ。
そこの会場入り口で「野宿」に決定(笑)。なんせ明日のイヴェントは自由席なんでね。
入り口はコンクリートでした。痛い。どこかで新聞紙を調達し、それにくるまって眠りにつきました。星がきれいでした。道には空車のタクシーがいっぱい…。
昭和56年7月28日
脇腹に激しい痛みを感じ、飛び起きました。
谷新代表(仮名)流の朝の起こし方。おう!蹴っ飛ばさなくてもいいじゃんか!
新聞紙にくるまった私、まさにそれはホームレスさながらの、親兄弟には見せられない格好。(笑)だが、コンクリの上で寝てはいけない。あちこち痛いんです。風呂も入りたいし…。そんな時に、優しき好青年が私に声をかけてくれました。
「今夜はわしの家に泊まるか?」
あまりにも、哀れな姿だったんでしょう…。茨木在住の同い年のなべ宏治(仮名)が見かねて、誘ってくれました。ありがとう。
その後、東の馬鹿に西のアホ…と呼ばれるになるほどの名コンビが誕生するとは、この時お釈迦様でも気が付きまい…。
その、なべ宏治君(仮名)に、離れず一緒にいるのがTOKIO君(仮名)ミッチファンはおぢさんが多い中 唯一の少年。(笑)気さくに関西弁でしゃべるTOKIO君(仮名)とすぐに仲良しになり、しばらくはトークタイム。関西弁って良いね。そのうちになべ宏治君(仮名)とTOKIO君(仮名)が教師になり「関西弁講座」が始まった。そんなこと どうでも良い。(笑)
そのうちにTOKIO君(仮名)が、紹介したい人がいる…というので、一緒に付いて行った。
そこには一人の女性がたたずんでおられました。
その人は、「独言倶楽部」の常連リスナーの毎年1位に輝かれておられる、尼崎市在住の「かおり」さん(仮名)でありました。え?この有名な方も「紅」の会員さんだったんですね。
せっかく西のリスナーと東のリスナーがご対面したと、言うことでお茶を飲みに行きました。ちなみに私も昨年より「独言倶楽部」で常連リスナーの仲間入りを果たしまして、その年の採用枚数1位になりました。
その時の会話。
かおりさん 「ねぇ?ハガキは横書き?縦書き?」
真島 「僕は横書きです。」
かおりさん 「ご褒美のハンカチは来てる?」
真島 「来てますよ。どうして?」
かおりさん 「常連になると、来なくなるみたい…」
真島 「本当ですか?(笑)」
とても気さくな方で 楽しくお話ができました。
ありがとうございます。
再び東映アニメポリス・ペロの前。今日も暑い…。
しかし、眠い。やはり熟睡できていません。激しく眠い。眠い眠い眠い…。
と思っているうちに開場…。
ごめんなさい。ハッキリ言って席に着いたとたん、爆睡状態でした。冷房が効いてて気持ち良かった(笑)
レポート
イヴェントの後で梅田のある料亭(うどんすきを食べさせてくれる店だったような?)で
堀江美都子ファンサークル「紅」のミニ総会が行われました。
谷新代表(仮名)の挨拶から始まり、2代目会長の大ちゃん(仮名)続いて、木榛元副総長の挨拶と続きます。
「紅」の会員として 恥じない行動をとること。などとまじめに進んで行きます。ほぉ〜…。
その後は自己紹介。
ササ兄貴は「オレンジ・ペコ」のゲストとして紹介されました。気が付けば 浜松からRUNRUN嬢(仮名)と婦人警官さんの「みちよ」さんがいらっしゃっております。応援隊長の上村さん(仮名)もいます。TOKIO君、(仮名)ほぉMIYA(仮名)とかKAYO(仮名)Kunさんもいるし、大阪のスタッフがみんな揃っております。
私も自己紹介させていただきました。「関東支部長です!」ってね。(笑)
そしてカラオケ大会の始まり。指名された人から順に歌って行きます。ササ兄貴も歌わされております。(へたくそぉ〜)
私も歌わせてくれぇ!と司会の木榛元副総長にお願いしたら「真島は最後!」と言われ、待ちました。待っていたら貸し切り時間を過ぎちゃって お開き。う〜ん残念(笑)今日は「花の子ルンルン」を振り付け付きで熱唱しようと思っていたのになぁ…(笑)
お開き後 スタッフで、食事をしました。
まず初代スタッフのテーブルでご飯。食べ終わったら2代目3代目の席に呼ばれ、各テーブルでは「紅」の存在の意義の話をしていただきました。いろいろと方針があって、考え方も違うし、双方の言い分は分かる気がしました。でも、その頃の私には どうして良いのかわからなかったんです。すいません。まだ、一人のミッチ狂の男だったもので。
私たち一行は、なべ宏治君(仮名)の案内で大阪駅から東海道線で茨木まで移動し、駅から徒歩15分の理想的な通勤時間の距離に位置する彼の自宅に着きました。
「夜分遅くに、お邪魔します…」と言ってお邪魔し、玄関側の居間に案内されました。
庭から、気持ちの良い風が…。何百年前も同じ風が吹いたのだろうか?
なべ宏治(仮名)なんと私とタメの17歳。当時大阪代表で甲子園大会に出場する有名高校(PLじゃねえぞ)在学。この年も出場していて 球場に応援に行かずにミッチのイヴェントに行っていた。
荷物を置いて、近所の銭湯へ。へぇ…大阪と関東では入浴料が違うんですね。
ひげの薄い私もさすがに、無精ひげがボウボウ状態。でも、カミソリなんか持ってきていない。それを別に口に出して言ったわけではないのだが、となりのおじさんが「使いなよ」と使い捨てのヒゲそりをくれた。とてもうれしかった。ありがとう。
銭湯から戻ると、いっぱいなべ宏治君(仮名)と、お話がしたかったけども、疲労が重なってして、赤土のように眠ってしまった。…泥だね。
昭和56年7月29日
今日は難波の花月で「花の駐在さん」の収録があるというので、さっそく行ってみる。この頃は「漫才ブーム」の真っ盛り。
フジテレビ系列では「THE・MANZAI」という番組を放送し、好視聴率を得ていた。
収録の前には、「オール阪神 巨人」の漫才。現在2002年ですが この頃の漫才人はこの「阪神 巨人」くらいしか、残っていないのではないでしょうか?…という程 彼らの漫才は正統派で、まじめにやっている印象を持った。だから 素直に面白い。会場のじいさん ばあさん 入れ歯が外れる程、笑っていました。
その後は「THE ぼんち」彼らの漫才は体を張ったもので(笑)確かに面白いのだけれども、結局は「おさむ」のキャラクターしかなく、それもワンパターンなのでじきに飽きられるだろうとその頃から思っていた。でも その頃はパワーがあるから 最後まで笑えました。
途中休憩が入り(この時におじん おばんは弁当を調達する)
フロアーディレクターの前振りが入り、いよいよ「花の駐在さん」の収録が始まりました。
主人公は「明石家 さんま」「月亭 八方」その他吉本興業の方々。
ミッチはドラマの舞台となる定食屋のマドンナ役。しょっちゅう、さんまに抱き着かれ、ある時には突き飛ばされ、またあるときには足払いされ 転がった所に上から馬乗りにされてしまうという 想像を絶する喜劇(こんなものだよね。)でした。この収録のときもミッチはさんまに抱き着かれられちゃいました。
喜劇は30分ほど。いつもの「ちゃんちゃん!」といった感じでオチがついて終了。大阪ならではの、お決まりのパターン。ミッチもトチることなく 立派に勤められました。
ササ兄貴はドカタの仕事があるというので、このあと新幹線で帰京されました。お疲れ様でした。
谷新代表(仮名)とその後は食事をして、別れました。
昭和56年7月30日。
なべ宏治君(仮名)の家を朝 出発。
家の方にお礼を言って後にする。なべ宏治君(仮名)は、本日 用事があるらしく ここでお別れ。今度のお盆のコンサートのときも泊めてくれると言う約束をしました。ありがとう。どうも、おおきに。
昨日、RUNRUNご一行様から、よかったら神戸のポートピアに行こう…と誘われていたので、梅田駅に直行した。RUNRUNご一行様は昨夜は「紅」スタッフの低田さん(仮名)の自宅に泊めていただいたそうで、同じことをしている連中が結構いますね。(笑)
ちなみに「紅」スタッフの「低田さん(仮名)」独言倶楽部の常連リスナー(ハガキが採用される常連さんのこと)でして、ラジオで名前だけは昔から存じておりました。
さて、予定外の行動です。まさか開催中の「神戸ポートピア」に来られるなんて思ってもいませんでしたので、良い観光になりました。(笑)1.jpg)

天気も良いし、少しパビリオンで並ぶこともありましたが、なんか、ここにいることだけでうれしくなりました。
もう少し…ここにいたい。そんな気もちを振り切るように 私たちは新大阪駅に向かいました。低田さん(仮名)もお見送りに来てくれました。「8月15日のコンサートでまた、お目にかかりましょう」と言い残し、私はRUNRUNご一行様とともに新幹線に乗り込みました。
思い起こせばこの数日。実に内容に満ち溢れた旅行でした。
数々の幸運と、数え切れないほどの大阪の仲間の親切に助けられ、事故もなく帰ることができます。
ありがとう。
こんな素敵な旅行は2度とできないでしょう。あの時の私に接してくれた多くの方々…
本当にどうもありがとう。お礼が言えなくて づ〜っと気になっていました。
ありがとう!本当にありがとう。
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