独言倶楽部

高校を卒業した昭和58年4月。
本当は東京のデザインの専門学校に進学する予定ではあったが、家庭の事情により 断念。仕方がないので、今まで通り某コンビニのアルバイトを継続することとなる。


ところが5月頃 そのコンビニ内で、大きなトラブルが発生。その責任を私に押し付けようとするから 頭に来てその日に「辞めます」の一言で退店。
このままプー太郎しているわけにもいかないので 就職するかと、6月になると同時に F市にある「職安」(今はハローワーク…って呼ぶのか?)に行く。
私は工業高校出身。だからその延長線上の仕事を探すのがセオリー。図面を書く仕事がしたかった(製図の成績が良かったからが、理由)(笑)
同じ市内の会社が希望でしたが、なかったので、F市の設計会社の求人案内を発見。そのカードを持って受付へ。そこへグッドなタイミングでその希望する会社の事務の方が見えていて、「あら?ウチの会社に入りたいの?」と驚いた感じで言うから、私も「そうなんですけど」と答えた。「じゃぁ、このまま社長と面接しますか?」とおっしゃいますので そのまま面接に。
国鉄F駅から車で5分くらい。歩いたら15分かな?などと思いつつ、到着した会社は、お世辞にも大きな立派な会社とは言い難い。しかしいつも中途半端な私にはお似合いの会社かもしれないなどと、勝手に思い込み、いざ面接。この時の判明したのがここの社長、私の小学校の時の野球チームの先輩のお父さんが経営する会社。一緒にプレーした仲と判明。それが功を奏し、めでたく採用(笑)
母は、「いいとこ3ヶ月も勤めれば辞める」と思っていたそうだが、これがなんと12年ものロングランとなる。
ちなみに初任給は¥98.000円

12年も勤めていれば、いろいろなことがある。
その話はまた、別の機会に。





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