独言倶楽部

クラスメートに「高村」(仮名)というヤツがいて、入学間もなく幹部候補生となった(笑)。
とにかく見てすぐに「こいつは普通の学生ではない」…というのがわかるくらい、顔に迫力があった。「ヤ」の付く職業の方が「顔が名刺だ!」という意味がわかる。
入学式翌日には、ガンを飛ばしたとか、飛ばさないとかで、同級のツッパリを片っ端から血祭りに上げ、上級生からも一目置かれる存在となった。恐いから、私は彼から避けていたのですがね。ところがある日。高村がやってきて「Drスランプのアラレちゃんを書いてくれ」と言ってきたから、断るものなら生きて帰れないと思い、翌日画用紙に書いたイラストを持参したところ、たいそうお気に入りの様子。それがきっかけで高村とは親友となった(笑)例えて言うならば日米友好条約みたいな、ものだろうか?私に降りかかる火の粉はすべて高村がはらってくれるようになった。ラッキーである。(笑)
高校3年生になると高村は正真正銘の「総番」となる。…というより近所の高校をすべて制覇した彼はH市地区の「総番」にもなる。

高校3年生のときに起こったユニークなエピソードをご紹介しよう。
我が高校の教室のすぐ横に私道ではあるが、小さな道がある。時々、退学になったバカ野郎だろうか?族風(暴走族のことだよ)のバイクがけたたましい騒音を立ててその私道を何回も往復して授業の妨害をする。こんなこと日常茶飯だったので、3年もいれば慣れてしまうから不思議だ。(笑)
あの日もまたどこかのバカ野郎が やってきて騒音を撒き散らしやってきた。
その時が昼休みだったのか?みんなで見物したことを覚えている。
いつもならば冷ややかな目で見るはずの高村…この日は機嫌が悪かったのか?教室から飛び出て行った。
教室にいた他の連中は、みな「?」と思ったに違いない。
すると高村は水が入ったバケツを持って戻ってきて、3階の教室の窓からその、私道を何回も往復しているバカ野郎向けて水をまいた!!距離があったから水は届かなかったけどね。
これで話がおしまいならば、何も面白くないだろう。
そう、昼休みが終わって午後の授業が始まると…思ったら、なぜか数学ではないのに担任の「木富」先生が教室に現われた。木富先生は真っ赤な顔をしています。そして声を震わせながら関西弁でこう、言った。

「さっきの昼休みに、この教室の窓から水をまいたバカが、いるやろう?…だれや?それ?」

みんな「高村がやった」と知っている。知っているけど、チクったら後で何をされるかわからない。だから黙ってる。(笑)

「校長がなぁ!その下におったんや。校長は水びだしになって、非常に怒っておられるんや!校長はこの教室から水が飛んでくるのを見た!とおっしゃっておられるんや。白状せんかい?!」

とプリプリ。きっと校長にたっぷり説教を食らったのだろうか?
しかし、漫画みたいな話だな。
とにかくいつものことだからすぐに終わるだろうと、楽観的な感じでみんな過ごしていたら、5校時も終わり6校時に突入。そして6校時も終了し、本当ならば帰りのホームルームの時間。おいおいどうなっちゃうの?って感じ。
「ヤバいよ。バイトに遅れちまう」というヒソヒソ話がアチコチから聞こえる。木富先生は「とにかく名乗り出るまでは帰さん!」の1点張り。そのときである。

「先生!…俺だよ!」

お〜っと!犯人の高村がとうとう重い腰を上げて立ち上がった。

「俺が水をまいたんだよ。これでいいんだろう?」

みんなはきっと これで帰れる…と思ったに違いないだろう。だが、木富先生は

「高村ぁ!お前の気持はわかるが、うそを言うなよ。帰りたいから、そう言ったんだろ?」

…だって。(笑)

「先生、俺がやった…って言ってるんだから、俺だよ」

「高村ぁ!お前は黙っていろ」

…だって。
結局、4時頃まで残されて、犯人はわからずじまい。(笑)
このコーナー最後に、この高村のお父さんが、当時日本テレビ系列で放送していた「ザ・トップテン」という歌番組のスポンサーの会社の偉い人だったらしく、私に毎週この番組の公開放送の入場券をくれた。おかげであの頃は毎週、この番組を生で見ることができた。感謝。
今頃、何をしているんだろうね?
案外 普通のおっさんになっていたりしてね?





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