独言倶楽部

昭和57年10月
中間試験初日。こともあろうか、試験中真っ最中にも関わらず、明日は日曜日と言うこともあり友人宅にて中国語の勉強会が華やかに取り行なわれるという運びとなった。
それで急いで帰ろうと、駅に停めてあった原付で帰る途中、前方をチンタラ走る乗用車が1台。
横をすり抜けて追い越しかけたら、運転手が慌てたのか、幅寄せをしてきて、バックミラーに接触。その弾みで青々と茂った水田に転落。公開中の漫画っでは後方から来たスポーツカー風の車にいかにも撥ね飛ばされたように描かれていますが、正直な話 これが事実。(笑)
水田に転落した私、しばらくは気を失っていたんでしょうか?
目を覚ますと、まず目に飛び込んできたのは 高すぎるほどの青い空。そして私の回りを取り囲むかのように見つめる群集。
何かまだ理解できていなかった私は、中国語講座があるから、早く家に帰らなければ…という記憶から動き始めようとしていました。だからムックリ起き上がろうとすると周囲の群衆が「動くな」だの「じっとしてろ」だの制止するんです。あ〜 やっと思い出しました。そんな感じ。経験者ならわかってくれるよね?
しばらくは水田の中で横になっていました。すると遠くの方から「ピーポーピーポー」聞こえてきます。そう、お迎えでございます。白衣を着たおじさんが優しく抱きかかえてくれて担架に乗せられ、救急車の中へ…。そこから私は病室に到着するまで天井のみを見ることしかできませんでした。だからどこの病院に搬送されたのかさえわかりませんでした。
マンガの中でもご紹介していますが、まず緊急で担ぎ込まれたときには、とにかく素っ裸にされます。アレが大きいとか小さいとか関係ありません。(笑)この時に薄れ行く意識の中で若い看護婦さんがいたような気がして…?
スッポンポンの私はまず「重患室」という部屋で検査されました。今で言う「集中治療室」みたいなものです。それで、何でもないということがわかると すぐに普通病棟へ移されました。と、同時に連絡を受けた母が「まったく」という顔をしてきてくれました。
夕方には警察やら、ぶつかった相手の車の運転手やらが来られまして、のんびり寝ていられませんでした。
先生が骨折していると言うから、かたくなにそれを信じてじっとしていた私です。鼻の骨も折れているのか、呼吸が少し辛いです。口の中も切っているらしく、食事もできません。それよりもまだ鏡で自分の顔を見ていないのですが、どうやら上の前歯が数本、折れている模様です。舌で感じました。その夜は眠れませんでした。1日だけ母が徹夜で看病してくれたようです。なぜハッキリわからないかと言うと 目も腫れて何も見えなかったからであります。

担ぎ込まれた2日目。
当然学校は休みです。・・?あ!日曜日でした。それよりもこの病院ラジオの電波が受信できません。だから「ミッチと明の底抜け日曜拳銃」が聞けません。大変に困ったものです。
朝食。おかゆをやっとの思いで平らげ、点滴を打つというので腕を出しました。透明の液体が入った大きなポリ瓶と黄色い液の小さな瓶の2本です。なんだか本格的になってきました。しかしこの点滴…退屈です。これを注射されているうちは身動きどころか トイレにも行けないんです。…と言うよりも、点滴をすると猛烈に尿意をもよおすのです。(笑)看護婦さんによって点滴のバルブの開け方が微妙に違いまして、当然バルブを開き気味にしますと、点滴の時間は短くなります。(しかし、心臓に負担がかかるので、良い子のみんなは真似をしないように。仮面ライダーからのお願い)
で、普通の看護婦さんは 1時間くらいかかるような開け方をします。あの日は、いつもよりバルブの開け方が甘かったのか、30分過ぎても半分も消化しきれていない。このままじゃ、1時間以上かかってしまうことは必死でした。そこへ見舞いに来た妹に「そこのコックをもうちょっと開けて!」と頼み、ポタ…ポタ…と落ちていた点滴の液が、ポタポタポタポタ…と勢いを増して私の体内に入って行きます。妹はコックを全開にして見るという暴挙に出ました。心臓が少しバクバクいってます。でも、この苦労のかいがあって点滴は45分で終了。急いで放尿です。

入院して3日目の月曜日。
入院を聞いて早速 クラスメートが手ぶらで夕方に見舞いにきました。
手ぶらの清田は なんだかんだ言い出すと いきなり病室で喫煙を開始。
持ってきたコーラの缶に灰を入れるところなんか、かわいいもの。
マックのハンバーガーが食べたい!と言ったら、翌日3人見舞いに来てくれて、みんな1個づつハンバーガーを買ってきてくれました。(合計3個)だからといって、病室で3人が喫煙をしていいとは、私は言っていない。結局退院するまで、毎日のように現われ ハンバーガーを持ってきては喫煙して行きました。これは漫画では紹介できなかったエピソードです。
お見舞いには、学校の連中をはじめ、
ハッブルさん
一文字さん
すけべえライダーさん
由美ちゃんのお母さん。
妹さん
などなど多数の(笑)方々が参列(笑)していただきまして、この場をお借りいたしまして御礼申し上げます。

さてここで変わったエピソードをご紹介しましょう。
私はこの病院に入院するまで、洋式のトイレで用を足したことがありませんでした。
しかしここのトイレ すべて洋式なんです。我慢も限界がありますので、仕方が無しに
初めて洋式トイレにて脱糞を行いました。いやぁ〜楽チン 楽チン(笑)
それからは洋式が好きになりました。
あれは入院何日目だったか?
いつものように点滴が終了して大きいのがしたかったので、トイレへ。
男子トイレには大便器が2部屋。
手前側を愛用していました。
ドアが開いているから、誰もが「空室」と思うでしょ?だから 思いっきり開けたんです。そうしたら 中に真っ最中のおばあさん。「なんだ?」という顔をしてる。それも目と目が合って、お互いに動けない状態。まさにソレは、蛇に睨まれたイタチ・・・と比喩表現が正しいかと。
開けてしまった私がとりあえず悪いのだなと、私の頭の中のスーパーコンピューターが結論をはじき出し、「すいませ〜ん」と謝罪してドアを閉めるしかありません。
しかし、男子トイレに それもドアを開けた状態でおばあさんが用を足しているのだ?と病室に戻ったら、さっきのおばあさんがどこで調べてきたのか?「今度から覗かないでよ!」と注意をしに来たからたまらない。(笑)

では記憶の範囲で入院生活の1日をご紹介いたしましょう。
朝は7時ごろ自然に起きてしまいます。それは9時消灯で強制的に就寝するから、おのずと朝が早くなるって訳。
アナウンスが入ると朝食。自由に動き回れる者は、台車に積んである食事を廊下まで取りに行きます。さながら刑務所の光景よろしくという感じです。私は口の中を切っていたので終始おかゆご飯でした。さっぱり味のおかゆ。もっと塩を効かせるべきだが、しょうがない。
食事が終わると、看護婦さんが体温を計りに来ます。漫画では注射のシーンがありましたが、注射は初日だけだった様な記憶です。体温を測ると、続いて点滴。これが1時間の拷問。5分とて じっとしていられない性格の私には拷問以外の何者でもありません。妹にラジカセを持ってきてもらってヘッドフォンでその間の退屈をしのぎました。主に聞いたのはミッチの「Image」でした。というよりテープをその1本しか持ってこなかったので それしか(失礼)聞けませんでした。
点滴が終われば自由時間。内科と違って外科の患者はわがままです。だって足さえ丈夫ならば 動き回れるんですから。しかし、私は顔をひどく損傷していましたので、この顔で外を歩くと、穏やかではないと看護婦さんに言われて、病院内をウロウロしていました。歩いて5分のところにパチンコ屋があったんですけどね。それと外科は、別に食事制限はないから、腹が減ったら 何かしら食べてました。(笑)
病室にコンセントがないもので、テレビを持ってきても見られません。まして鉄筋の建物だからか?電波が受信できないのです。これには参りました。
だから自由時間はもっぱら 手紙を書いていましたか。幸いにその頃は、文通している人がいましたもので、相手捜しには苦労しませんでした。
昼過ぎに病室の窓から外を眺めるのが日課となりました。ちょうど茅ヶ崎駅前に位置するこの茅ヶ崎中央病院。行き来する人をただ訳も無く眺めていました。学制服姿の人が、歩いているのを見ると、ちょっぴり取り残された気分になって 少しブルーが入りました。
それに飽きると 1階にある売店に行って、何かないかと 行きます。週刊誌でも…と思ったのですが、なかなか読みたい雑誌がありませんでした。

このコーナー最後のエピソードをひとつ、ご紹介して終わりにしましょうか。
入院して3〜4日たっての話。
母が私の顔をマジマジ見るので「どうした?」と聞くと
「お前…鼻が切れてるよ」と何の前触れもなく言うんです。母はすぐに先生を呼ぶと、先生がやってきて、私の鼻を触るなり「あ〜本当だ。切れてる」ってぬかすんです。おいおい。
何の為に「重患室」に入れて検査をしたんだよ。まったく。先生は本当に申し訳ない様な顔をして私の切れた鼻を縫ってくれました。気が付かなかったら、どうなっていたんでしょうね?私の鼻。(笑)
しかしこの病院。最初は骨折だ…と診断して、結局は打撲程度だったから 本当に信用できない病院ベストワン!って感じでした。
事故ってヒーヒー言っているときに「あそこの病院にして!」なんて言えないもんね。
みなさん。事故だけには気を付けましょう。
…という事で この項 おしまい。



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