独言倶楽部

小さいときに ショートケーキをゴチになり、もう一つ食べたい…と思うのだが、なかなかそうは、いかない。
だから大きくなったら 自分で買って大きなケーキを丸ごと食べてみたいと、思った人間の数は、野村沙知代のファンの数よりも多いだろう。生クリームのケーキを丸ごと食べてみたい。それを夢に抱いて、私は社会人となった。(笑)



プロローグとして、私が高校2年生の冬 昭和56年 クリスマスの頃のことだろう。
渋谷のEgg-Manにて、ミッチのライヴの帰り、横浜のオレンジペコの秘密のアジト 今井荘(仮名)に立ち寄り、帰り際に近所のファミレスで食事をした後、このままアパートに戻ってもつまらないと言う事から、レジにあったチョコレートケーキを購入した、小さなチョコレートケーキを3人で仲良く分けて、クリスマス気分になろうと、菜っ切り包丁できれいに3等配に切り分けた私であったが、スポンサーのパシリライダー1号その名も「一文字」(仮名)が「俺が金を出したんだから、大きいの!」と言うし、すけべの「M」は「チョコの家は俺がもらう!」などと暴挙に出るし、しまいには 甘ったるくなって 結局食べきれなくて、怒り出すし…。なんとも 微笑ましい光景が繰り広げられた。男3人のクリスマス。ああ!楽しすぎます。(笑)
・・・?なぜササ兄貴はこの場にいなかったのだ?




翌年 昭和57年のクリスマスは、私が高校3年生ということで 中止になりました。…というより みんなバイトが忙しくて、それどころではなかった模様。私は大阪にいましたし。

ダイエー系のコンビニ
「サンチェーン」瀬谷店

当時としては 初の
24時間営業だった。
はじめは店頭で
ゲームをいそしんで
おられた店長で
あったが・・・


















…そうそう、思い出した。(笑)
12月24日大阪でミッチのディナーショーがホテルで行われるというので、行く予定でした。その前日にコンビニの夜間のバイトをしていた時のこと。その夜、名物店長の佐藤さん(仮名)が来ていまして、客が少なくなった頃を見計らって、おもてにあるコインゲーム「ペンゴ」をズルズル店内に引きずり込み、なんとレジの横まで持ってきて、ゲームを始める始末。「おい!両替して」と¥1.000札を差し出す店長。私は全部50円玉に両替をしてあげると 店長は「ペンゴ」を朝までやっておられました。レジの横においてゲームをされておられますもので、通行ができないのですよ。レジカウンターの向こうには商品が山積み状態で、整理もできず、また お客さんも、店内でゲームをしている人が「いらっしゃいませ!」と、言うものだから驚きを隠しきれずにいるし…。こんな時に限って地区長は巡回に来ないし(笑)とにかく入荷した商品を整理しないと、まずい…ということで 仕方がなくカウンターを飛び越えて向こう側へ行くしかないと…ジャンプ1番!…とその時にカウンターに積んであったクリスマスケーキを蹴飛ばしてしまい、1個床にグシャ!…と落としてしまいました。それを見た店長が「弁償しろ〜」と言うから、あきれちゃいましたが(笑)シブシブ\1.000のケーキを弁償し…でも箱の中で崩れただけで、別に食べられないわけでもないということから、1個、食べちゃいました。(笑)その後、バイトが終わったら新幹線に乗って大阪に向かいましたが、車内、胸焼けがひどかったことを覚えています。







なんと ゲーム機を店内に持ち込んで
レジ横で始める始末・・・
カップ麺を食する店長



翌 昭和58年 社会人1年目のクリスマスでは、夜勤の「一文字」さん(仮名)は欠場、その代わり、北海道出身の完全にすけべえの「M」さんが飛び入り参加。私、ササ兄貴の3人で、楽しい楽しいクリスマスパーティー。
ケーキは各自1個、今回はスモークチキン(サンチェーン製)(笑)があるんだ!…しかしこいつら酒を飲まないンだなぁ〜。これが。
写真を見てわかるように、なぜかササ兄貴の頭に生クリームが!…何をしたら、こうなったかは、私の記憶からぶっ飛んでいます。

今は無き コンビニ
「サンチェーン」にて
購入した
「スモークチキンを
お湯で温めて
いるの図
その「スモークチキン」
をほおばるの図
余興で兄貴が・・・ ヤスキ節をしようと
したが失敗の図
男だけのクリスマスの図 髪にケーキのクリームが
くっついちゃったの図

この年はササ兄貴が某コンビニでアルバイトをされておられまして、キャンペーンでクリスマスケーキを買ってくれ!と言うので、就職したばかりの会社内で募ったところ 10個くらいの受注をし、そのケーキを会社までササ兄貴が届けてくれましたっけ?



しかし、この3名 クリスマスというのに 女がいないことが この写真から判明。誠に楽しすぎるクリスマスの夜を横浜のこのアパートで過ごした訳であります。



3回目 (昭和59年) は昨年と同じメンバーで行われた。ケーキの数は昨年よりも増えている(笑)写真中 ササ兄貴がチョコレートケーキにカブりついている光景が何とも微笑ましい。
なお北海道出身の超ド級すけべえライダー「M」は翌年、
このアパートから去っている。これは最後の3ショットと言えよう。
「M」のケーキにただひとつ 灯されたローソクはそのプロローグだったのだろうか?
・・・しかし ケーキを割り箸で食する光景は日本人魂を見るようである。
クリスマスというキリスト系の行事を重んじる人達を敵に回しかねない挙動であると言えよう。早い話が、ココにはフォークが存在しない事実があった。




今、気が付いたが、私 2年連続で同じトレーナーを着ている事も判明(笑)
会社の作業服だし・・・。

4回目(昭和60年)私の友人の板倉(仮名)と亀田(仮名)が飛び入り参加。場所は同じく今井荘。この時からケーキは各自一人1個の分担となりました。ちょっとサイズを勘違いしまして、かなり大き目のケーキが 人数分×2個=8個 今井荘に配達されて、部屋に
入る時、いやに箱がでかいなぁ…と思ったら、本当に中身がでかくて、おまけにケンタッキーフライドチキンの大型バーレルがダブルチャージのおまけ付き。食べきれずにチキンとケーキを残してアパートを去ろうとした所、ササ兄貴が、涙目で「持って帰ってくれぇ〜」と絶叫するので、しぶしぶ残ったケーキ等を板倉(仮名)の車に積み、帰り道、このケーキをどうしようかと、明け方の道を走っていたら、某自動車会社の独身寮の前を通り過ぎようとした時、おもむろに 車を止め、残ったチキンとケーキを入り口に積み上げ、さっさと一目散に逃げる私たちでありました。

5回目(昭和61年)一文字さんが事故って中止。
6回目(昭和62年)私が失恋して落ち込んでいたから中止(笑)
7回目(昭和63年)みんな集まらないから、中止。





そしてラストクリスマスとなる

第8回目(平成元年)
参加者はアパート今井荘の住民であるササ兄貴。私と板倉(仮名)と一文字さん(仮名)の4人。ササ兄貴は田舎のY形に帰ってしまうことから、事実上、長年続いた「野郎達のクリスマス」は今回をもって自動的に終了する。
各自、好きなケーキを持ち込み、楽しく食べよう!…とそれは始まった。最後ということで、ビデオカメラをセットし、ケーキを食する瞬間を、収めた。(笑)
ササ兄貴は、なぜかアイスのケーキ。他の3人は普通のケーキ。大きさも一緒。
半分くらいで一文字さんがリタイヤ。だらしがない。それでも厳冬の北海道で育った人間か?と問いたい。
続いて板倉もリタイヤ。大和魂を見せてみろ!…って感じ。その太目の身体はなんちゃってなのか?
で、私は 食べましたよ。最後まで。ちゃんとビデオで証拠も残っている。(笑)

















とにかく青春の1ページを飾った今井荘。
いまは、取り壊されて近代的な、モダンなアパートに変貌した。
今だに、ケーキを見ると、丸ごと1個、食べたいと思う私は「変」…だろうか?








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