乃梨子は携帯のディスプレイを眺め、溜め息を吐いた。
もうすぐクリスマス。
しかし、何も予定は入っていない。
何も、クリスマスに一人とか、彼氏がいないことを嘆いているわけではない。
別に、彼氏などいらない。
ただ、クリスマスを大好きな人と過ごしたい。
かといって、その人とは恋人でもなければ、姉妹でもない。
一緒のクリスマスなど……
「夢の又夢だなぁ……」
再び溜め息を吐き、携帯を閉じた。
「何が夢の又夢なんですの?」
「え?」
顔を上げると、瞳子の顔がすぐそこにあった。
「な、瞳子。どうしてここに?」
「ここは教室。私とあなたはクラスメイト。それで、どうしてここに、はないと思いますけど?」
確かに……。
迂闊だった……。
乃梨子は顔をしかめた。
しかし、瞳子の席はここではないはず。
持ち主は何処へ行った、と視線を巡らせたが、生憎見付からなかった。
トイレにでも行っているのか。
まぁ許可を取っているならそれでよし。
取っていなくとも、叱られるのは瞳子だ。
自分には関係ない。
「で、何が夢の又夢なんですの?」
瞳子にもう一度繰り返して問われる。
「え、えっと…瞳子が大女優になるのは、夢の又ゆめだなぁ、と……」
「嘘をつくなら、もう少しこちらの腹がたたない嘘にしてくださいまし」
瞳子はそう乃梨子を睨んだ。
「まったく、溜め息を吐くほど祐巳様が好きなら、御自分から告白なり誘うなりすればよろしいのではなくて?」
「それが出来れば苦労はしな…って、何で瞳子がそれを知ってるのよ?」
思わず机から身を乗り出し、瞳子に掴み掛かった。
「乃梨子さんが祐巳様を好きなことなんて、山百合会の方々はみんな知ってますわ。
気付いてないのは、当の祐巳様御本人くらいですわ」
言葉が出てこなかった。
まさか自分がここまで分かり易い人間だったとは……。
「因みに、クリスマスは何も御予定は入っていないらしいですわよ。
お誘いになってはいかがです?」
瞳子がニヤニヤしながら言ってくる。
まったく、嫌らしい顔だ。
そもそも、何故祐巳のクリスマスの予定を知っているというのだ?
「ただ、『こうしたい』だけでは、何も願いは叶いませんわ。
自分で行動を起こした人間だけが、幸せを掴めるんですのよ」
そう言って、瞳子は乃梨子の鼻をツンッとつついた。
(人事だと思って)
乃梨子は文句のひとつでも言いたくなったが、瞳子の言っていることは、あながち間違いではない。
なので、乃梨子は何も言えなかった。
放課後、乃梨子と瞳子は並んで薔薇の館へ向かった。
「でも、乃梨子さんは祐巳様の事となると奥手ですわね」
いや、何の脈絡も無しに「でも」はないだろう、と乃梨子は思ったが、それに関しては突っ込まないでおいた。
「ぐずぐずしてますと、誰かに取られてしまいますわよ?」
「うっ……」
そうなのだ。
祐巳の人気は学年問わず高い。
競争相手など、そこいらじゅうにいる。
瞳子だって、自分に色々アドバイス(?)をしてくれているが、本当は瞳子も祐巳の事が好きなのではないか。
そう思った事は、一度や二度ではない。
「あれ、乃梨子ちゃんに瞳子ちゃん」
聞き慣れた声が、後ろから聞こえた。
「ごきげんよう、祐巳様」
先に瞳子が振り返って会釈する。
「ご、ごきげんよう、祐巳様」
次に乃梨子。
今まで祐巳の事を話していたので、本人の介入により、心臓はバクバクいっている。
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん、瞳子ちゃん」
祐巳はいつもと変わらない、屈託の無い笑顔を浮かべた。
どうやら、自分たちの話は聞かれていなかったようだ。
「二人とも、これから薔薇の館だよね?」
「えぇ、そうです。ですが私、忘れ物をしてしまったので、今から取りに戻らねばなりませんの。
ですから、祐巳様と乃梨子さんは先に行っておいて下さいまし」
「え?」
乃梨子はギョッと瞳子を振り返った。
(何それ、聞いてないよ)
(忘れ物なんて、嘘に決まってますわ。
二人きりにして差し上げますから、ちゃんと祐巳様をお誘いなさい)
一瞬のアイコンタクトで、このような会話が行われたとか、そうでないとか……。
「それでは祐巳様。乃梨子さんの事、宜しくお願いしますわ」
「?うん、分かったよ」
祐巳は少し不思議そうにしていたが、笑顔を崩すことなく頷いた。
「ちょ、ちょっと、瞳子?」
一瞬だけ振り返った瞳子は、「巧くやれよ」と言うように微笑んでいた。
それはとても邪悪な笑顔で。
少なくとも、乃梨子にはそう見えた。
「じゃあ、行こうか。乃梨子ちゃん」
「あ、はい……」
祐巳に促され、乃梨子は祐巳の一歩後ろに並んだ。
その祐巳の後姿を見ながら、乃梨子は思った。
(本当に、クリスマスを祐巳様と過ごせたら……)
――「ぐずぐずしてますと、誰かに取られてしまいますわよ?」
それは、嫌だった。
――「ただ、『こうしたい』だけでは、何も願いは叶いませんわ。自分で行動を起こした人間だけが、幸せを掴めるんですのよ」
(そんな事言ったって……。
私は、どうしたいの……?私は、ただ……)
乃梨子は、ゆっくりと手を伸ばした。
(私は、クリスマスに、祐巳様と一緒にいたい)
伸ばした右手と、祐巳の背中の距離が、だんだんと縮まる。
「あ、あの、祐巳様……」
親指と人差し指で、ちょこんと制服の裾を摘んだ。
それは、ほんの僅か、腕を動かしてしまえば、振り解けてしまうようなほど、弱弱しかった。
「なぁに、乃梨子ちゃん?」
それでも祐巳は、乃梨子に裾を掴ませたまま、ゆっくりと微笑んだ。
しかし、乃梨子はそのまま、俯いたままだった。
祐巳は先を急がせるでもなく、ただ黙って待っていた。
「……………………」
「……………………」
結局、乃梨子は何も言えないまま、手を放してしまった。
「ご、ごめんなさい……。何でも、ないですから……。
気にしないで下さい……」
そのまま、祐巳を追い抜いて歩いていく。
(バカだなぁ、私……)
「一緒にいたい」と、たったそれだけの事が言えない。
意気地なしの自分に腹が立ち、涙が出た。
「乃梨子ちゃん、待ってよ」
祐巳に呼ばれたが、振り返らなかった。
泣き顔を見られたくなかった。
「待ってってばっ」
突然、祐巳に後ろから抱きしめられた。
そうなると、乃梨子は足を止めざるをえなかった。
「待ってって言ってるのに……」
ポソッと祐巳が呟いた。
「………………………」
「言ってよ、乃梨子ちゃん。さっき、言いかけたこと」
耳元で、そう囁かれた。
「大丈夫だよ。私、断ったりしないから」
先程、何を言おうとしたのか、祐巳には分かったのだろか。
それは明らかではないが、それでも先程まであった不安が、嘘のように消えていった。
きっと、祐巳は嘘をつかない。
そう思ったら、体から力が抜けていった。
そして……、
「クリスマス、私と一緒にいて下さいっ」
今まで、どうしても言うことが出来なかった言葉が、スッと出てきた。
「うんっ」
乃梨子を抱いている腕に、ギュッと力が込められた。
「ありがとう、乃梨子ちゃん」
「どうして、祐巳様がお礼を言うんですか?」
「私も、乃梨子ちゃんと一緒にいたかったから。
だから、誘ってくれてありがとう、だよ」
背中の祐巳が、肩に顔を埋めるのを感じた。
祐巳の吐息が肩に掛かり、早打ちの鼓動が更に早くなる。
「素敵なクリスマスにしようね」
耳元で囁かれた声。
それは、クリスマスケーキを連想させるほど、甘い囁きだった。
―――――――――――
あとがき
クリスマスSSを書こう、と思ったのが、12月の10日くらい、だったかな?
間に合わなかった……。
しかも前編ってなんだよ……。
なるべく早く後編書きます。今年中には必ず。
20051225 御神楽 華音