次の日の昼休みも、私はまた屋上にいた。
別の場所に行くことも考えたが、何処にいても結局はあいつに見付けられそうな気がしたからだ。
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん」
そして、やっぱりそいつは来た。
いつもと同じ様に、能天気な顔で。
「あ、乃梨子ちゃん、今日はおにぎりだね」
そいつが私の手のおにぎりを見て言う。
今日もコンビニで買った物だ。
対して、そいつも昨日と同じ様に弁当箱の包みを開いた。
「じゃあ、丁度良かったかな? じゃ〜ん。今日はトランプしながらでも食べられるサンドイッチだよ」
と自慢そうに弁当箱一杯のサンドイッチを見せる。
しかも、具は卵だったりハムだったり、色々手が込んでいる。
「大層な量だな。太るぞ」
私は皮肉を込めてそう言った。
だが、
「そんなことないよ。乃梨子ちゃんの分も一緒だからね」
「え?」
予想外な答えに、つい間の抜けた声を上げてしまった。
それでも、そいつは嬉しそうに続けた。
「ほらほら。自分で言うのもなんだけど、結構上手く出来たと思うんだ。食べてみてよ」
「あ、あぁ……」
私は、薦められるままにそれに手を伸ばた。
そして、一口。
「……」
美味しかった。
昨日のカップラーメンも、さっきまで食べていたコンビニのおにぎりも、何の味もしなかった。
それなのに、このサンドイッチは不思議と美味しかった。
「どう?」
ワクワクした顔で私の顔を覗きこんでくるそいつ。
そいつの無邪気な顔を見ていて、やっと分かった。
こいつが作ったから…こいつの横で食べているから、旨いんだ……。
「不味くはない」
けれど、私は素直に美味しいなんて言えない。
それだけ言うのが、精一杯なんだ。
私は、こいつみたいにはなれない……。
「うん、ありがとう」
それでも、こいつは笑うんだ。
陽だまりのように……。
それから暫くは、私もそいつも何も言わず、無言の時間が続いた。
けれど、それを不思議と心地良いと感じている自分がいた。
横目でそいつを盗み見ると、そいつはやっぱり暢気にサンドイッチを頬張っていた。
「乃梨子ちゃん、遠慮しないで食べてね。どうせ私一人じゃ食べ切れないし」
「あぁ……」
私は二つ目のサンドイッチを口にした。
それは、今まで食べてきた中で、一番美味しかった。
誰かと一緒にとる食事が、こんなにも美味しいということを、私はこの日初めて知った。
「そうだ、乃梨子ちゃん。昨日、あれから帰っちゃったでしょ?」
私が二つ目のサンドイッチを食べ終えた頃、そいつは思い出したように言った。
「放課後行ったら、カバンだけあって、クラスの子に聞いたら、昼休み終わってから帰ってきてないって言うし。
ダメだよ、授業サボったら」
「…………」
私はそれに沈黙で答えた。
あの後、他校の奴と喧嘩したなんて言ったら、こいつはどんな顔をするだろうか……。
姉とやらと同じ様に怒鳴るだろうか?
いや、恐らく静かに諭すように叱るだろう。
まるで、母親が子を叱るように……。
私は暢気にサンドイッチを頬張るそいつを盗み見た。
こいつとはまだ知り会って数日だが、それでも、こいつのことは少し分かってきた。
こいつは、正直凄い奴だと思う。
私なんかと、友達になろうと言ってくれた。
そんな奴、今までいなかった。
こいつといる時間は、何だか居心地が良いと感じている自分がいる。
それでも、私はこいつと友達になろうとは思わない。
きっと、こいつは私なんかと一緒にいていい存在じゃない。
こいつが必要とされている場所が、きっとある。
そして、それは私の側なんかじゃないんだ……。
こいつが、全部食べ終わったら言おう。
それまでは…あと少しだけ……。
「ごちそうさまでした」
行儀良く手を合わせてから、そいつは弁当箱を片付け始めた。
「なぁ……」
「ん、なぁに?」
私が話し掛けると、そいつは微笑んで応えてくれる。
それでも、私は予め用意しておいたセリフを言った。
「もう、私のことは放っておいてほしいんだ」
「え?」
こいつを完全に拒絶する。
そうすることに決めた。
「あんたは、友達になろうって言ったけど、私はあんたと友達にはならないから、絶対」
「もう、そんなに言い切らなくてもいいじゃない」
とそいつは不満そうに頬を膨らませる。
だが、私が言いたいのはそうじゃない。
「迷惑なんだよ」
私は、こいつを拒絶しなければならない。
きっと、それが、こいつの為になるだろうから。
例えそれで、こいつを傷付けようとも……。
「私は、友達なんて要らない。いや、少なくとも、あんたとは友達になろうとは思わないよ」
「どうして?」
傷付けるような言葉を選んでいるにも関わらず、そいつは表情を崩さない。
「鬱陶しいから……。こうやって、弁当、私の分まで作ってきたりして。
こんな親切の押し売りなんて、されたくないんだ。もう、うんざりなんだよ」
何故だろう……。
こいつを傷付けようとしている筈なのに、どうしてこんなにも胸が痛いんだろう……。
「私は、あんたが嫌いだ。だから、あんたとは友達にはならない」
そう、これでいい。
これでいいんだ。
あとは、私がここを立ち去れば、全て終わる。
私は立ち上がって、そいつに背を向けた。
これで、終わりなんだ。
そう思うと、奥から込み上げてくる感情があった。
それでも、私はそれを押し殺し、ドアの方へ向かう。
(あと、少し……)
あと、3歩…2歩…1歩……。
「乃梨子ちゃんっ」
ドアノブに手を伸ばしたところで、後ろから声。
私は、まるで金縛りにでもあったかのように、その場から動けなくなった。
「それ、本気で言ってるの? それは本当に、乃梨子ちゃんが思ってること?」
「………………」
私は何も答えない。
いや、答えることが出来ない。
「くっ……」
私は無理矢理にドアノブを捻ると、ドアを開けた。
バタンッ
重く扉の閉まる音。
それを皮切りに、私の瞳からは涙が溢れてきた。
(これでいい……。これでいいんだ……。あいつは、わたしなんかと一緒にいていい奴じゃないんだ……)
私は、必死に言い聞かせた。
『私は、あんたが嫌いだ』
嘘だ。
本当は……。
「あんたのこと、嫌いじゃなかったよ……」
私には、それだけ言うのが精一杯。
精一杯なんだよ……。
それから、午後の授業はボンヤリとして過ごした。
放課後になったら、あいつはまたここに来るだろうか……?
来るかもしれない……。
結局、あいつは優しいから……。
でも、もう私はあいつとは会わない。
終礼が終わると、私は直ぐに教室を出た。
あいつと、顔を合わせない為に……。
「ねぇ、何あれ?」
「まぁ、恐ろしい」
校門に差し掛かるにつれ、何だか人が増えてきた。
いや、人がいること自体は不思議でない。
ただ、いつもより人が多いのだ。
その理由は、直ぐに分かった。
昨日の連中が、校門のところにいるのだ。
恐らく、私を待ち伏せでもしているのだろう。
その所為で、他の奴もここを出られない。
迷惑な話だ。
無視してもいいが、これ以上他の連中に迷惑も掛けられない。
仕方なしに私はそのまま歩いていった。
奴らは私を見付けると、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「よう、ねぇちゃん。昨日のカリ、返しに来たぜ」
相手は昨日の奴も含めて8人。
流石に、私1人で対処しきれる人数ではない。
けど、それもいいかと思った。
私には、失って困るものなど無ければ、この学校にだって、未練は無いのだから……。
私は、そのままその連中の横を通り過ぎようとした。
すると、案の定、その中の1人が私の腕を掴んだ。
「待てよ。シカトかよっ」
「ここじゃ人目につくだろ。場所を変えよう」
私がそう言うと、そいつらは揃って下品に笑った。
「いいぜ、こいよ」
そして、そいつらは先に立って歩き出した。
私は、一度だけ後ろを振り返った。
もしかしたら、もう戻ってくることのないかもしれない場所を。
私の視界の中に、マリア像が映る。
私はマリア様なんて信じていない。
だが、仮にいるとしたら、あいつのことかもしれないと思った。
いつだって、私に陽だまりのような笑顔を向けてくれた、あいつ。
「乃梨子さん?」
不安そうな顔をした奴が1人、私に声を掛けた。
名前は分からないが、見覚えはある。
多分、同じクラスの奴だ。
「ごきげんよう」
私はこの日、初めてこの学校独特の、あの古臭い挨拶を口にした。
実際、言ってみて分かる。
やっぱり、私のしょうには合わない、と……。
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<あとがき>
お久しぶりです。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
約3週間ぶりの「不良少女白書」の更新となります。
年末年始って忙しいですよね。
はい、言い訳です。
めちゃめちゃ言い訳です。
何か、去年もこんなことを書いた気が……。
進歩しないなぁ……。
何はともあれ、第五話でした。
如何でしたでしょうか?
ずっと1人だった乃梨子は、漸く祐巳の優しさに気付きます。
けど、人との関わり方を知らない乃梨子は祐巳を遠ざけます。
自分なんかと一緒にいるべき存在ではないと。
けれど、それが乃梨子なりの、精一杯の優しさだったのかもしれませんね。
それでは、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたのなら、それは私にとっての幸いで御座います。
では、次の機会が早く訪れますことをお祈り申し上げます。
今年も宜しくお願い致します。
20070114 御神楽 華音