「ぐっ!」

相手の蹴りが私の鳩尾に入る。

「げほっ、げほっ!」

私は咳き込みながら後ろに下がる。
直ぐに相手の追撃がくるが、ヨロめく体で辛うじてかわした。

「おいおい、昨日より弱くないか?」

後ろの方で、暢気に見物している昨日ノシた奴の一人が、下卑た笑みを浮かべる。

(くそっ、勝手なことを……。)

一対一なら…そう、せめて狭い路地裏とかなら、なんとかなったかもしれないのに……。
しかし、ここは廃棄されたビルの中。
その上、四方を囲まれてしまって、どうにもならない状況である。

「くっ!」

二人がかりの攻撃をなんとかかわす。

「あ……?」

しかし、無理な体勢になってヨロめいてしまう。

「おらぁぁぁぁっ!」

その隙を相手が見逃してくれる筈もなく、バットを持った男がそれを振り上げた。


ガンッ


鈍い、嫌な音がした。
頭を守るために左腕で止めたが、当然ながら左腕に激痛が走る。
その痛みに、私は遂に膝をついてしまった。
そこにすかさず蹴りがきた。
かわすこともできずに、それは鳩尾に入って、私は後ろに倒れた。

「勝負ありだな」

周りで男達の笑い声が聞こえてきたが、私にはそれがとても遠くに聞こえた。
今の私にあるのは、ただの痛みだけだった……。

(痛い……)

体中がズキズキと痛む。
けれど、きっとこれは罰なのだ。
優しいあの人を傷つけてしまったことへの……。

でも、もし謝ることができたら、あの人は許してくれるだろうか?

「ふっ」

そんな甘い考えに笑えてくる。
許してくれる筈もない。
あんな酷いことを言ったんだ……。
嫌い、と……。
でも、もしかしたら……。
あの人は、優しいから……。
こんな私にも、優しくしてくれたから……。
誰よりも優しい、あの人なら……。

(名前、なんていったっけ?)


『私は、福沢祐巳』


(あぁ、そうだ。祐巳だ……)
「祐巳……」

私は、初めてあいつの名前を口にした。
あの、陽だまりのような微笑を浮かべる、彼女の名前を……。

「乃梨子ちゃんっ!」
「え……?」
(今の声は?)

私は痛む体を無理矢理動かし、声のした方へ目を向けた。

「え?」

私は目を疑った。

「どうして……?」

そこに立っていたのは、福沢祐巳その人だった。

「誰だ、お前?」

祐巳は、いぶかしむ男達を無視して、一目散に私のところへ走ってきた。
その素早さに、男達は止める間もなかった。

(あいつ、力あるだけじゃなくて、足も速いな……)

ぼんやりと、そんな見当違いなことを思った。

「乃梨子ちゃん、大丈夫?」

祐巳は私のところまで来ると、悲痛な顔で私を抱き起こした。
こいつのそんな顔を、私は初めて見た。
いつだって、笑っている奴だったから。
そして、祐巳を目の前にして、私も正気に戻った。

「お前、どうしてここに……」

そうだ。
こいつがここにいたら危険だ。

「校門に変な人達が来てて、乃梨子ちゃんが連れていかれたって聞いたから、後を追ってきたんだよ。見つかってよかった」
「………………」

そんなことはどうでもいい。
今はそれより、こいつを逃がさないと。

私は痛む体に鞭打って、立ち上がった。

「お前はさっさと逃げろ。こいつらは、私が止めるから」

さっきのこいつの足の速さなら、きっと逃げ切れる。
こいつだけは、絶対に助けるんだ。
祐巳だけは……。
それが、こいつを傷つけた罪滅ぼしだ。

けれど、体はやっぱり思うように動いてくれない。
一歩歩いただけで、ガクッと膝が崩れてしまった。

「くそっ」

私の体なんて、どうなってもいいんだ。
こいつだけは……。
祐巳だけは……。

「乃梨子ちゃん……」

必死に立ち上がろうとする私を、ふわっと温かいものが覆った。
私は、祐巳に後ろから抱きしめられていた。

「ありがとう。でも、私なら大丈夫だから。乃梨子ちゃんは、休んでてくれていいよ。後は、私に任せて」

そう言うと、祐巳はあいつらと対峙した。

「お、おい……」

私は慌てて手を伸ばしたが、届かない。

「祐巳っ!」

私は必死になって叫ぶが、祐巳はいつものように微笑むだけだった。

「なんだよ。次はお前が相手か?」

小バカにしたように男達が笑う。
しかし、祐巳は少しも動じていないようだった。

「あなた達、乃梨子ちゃんに…私の友達に、酷いことしたね」

友達……。


『友達になろう』


差し出された手。
振り払った手。
それでも、祐巳は私のことを友達と言ってくれた。
それが嬉しかった。

「許さないから……」

(え?)

ゾクッと寒気がした。
その声は、いつもの祐巳の声ではなかった。

ツインテールにしているリボンを解き、髪が重力に従ってバサッと下りる。
手を放すと、二本のリボンがひらひらと宙に舞った。
その一連の動作は、まるで映画のワンシーンのようだった。
その美しさに、私はつい見惚れてしまった。

「もう、こんなことは止めようって思ってたけど、あなた達は、悪いけど許してあげられそうにないよ」

次は、はっきりと分かった。
そこにいるのは、いつもの祐巳じゃない。

「っ!」

かと思えば、祐巳は男達に向かって駆け出した。

 

………………………………

………………………

………………

………

 

3分。
時間にして、恐らくそれくらい。
8人もいた男達は、全員地面に倒れていた。
驚くほど、祐巳は強かった。
バットを振るう男をものともせず、後ろからの攻撃にも、まるで後ろに目がついているかのように軽く往なした。
そして、それを全てカウンターでの攻撃により、男達を沈めていった。
男達は、祐巳に触れることすら出来なかったのだ。

「お前、こんなに強かったのかよ……」
「ん? ん〜、まぁ、ね……」

と祐巳は言葉を濁した。
そして、

「私も、昔はヤンチャだったんだよ」

とバツが悪そうに苦笑した。
と思ったら、次は心配そうに、

「そんなことより、乃梨子ちゃんは大丈夫? 骨とか折れてない?」

と私の顔を覗き込んだ。
その顔は、まるで今にも泣き出しそうで、目尻に少し涙が溜まっていた。
その様子は、さっきまでとは大違い。
こいつが、8人もの男をあっという間に倒してしまったなんて、きっと誰も信じないだろう。
でも、私のことをそこまで心配してくれているということが、なんだか嬉しかった。

「大丈夫だよ、これくらい」

だから、私は祐巳を安心させようと、そう言った。
本当はあちこち痛かったけど。
それでも、見栄を張りたかった。
もう、これ以上心配させたくなかったから。
だが、人間の体はそこまで簡単ではないらしい。

「いっ!」

立とうとしたら、足に激痛が走った。

「大丈夫? 無理しなくていいから」

慌てて祐巳が支えてくれた。

「わりぃ。ちょっと、肩、貸してもらえるか?」

私がそう言うと、祐巳は首を横に振って、

「ううん。負んぶしてあげるよ。乗って」

と私に背中を向けてしゃがんだ。

「な……。いや、いいよ。別にそこまでしてもらうほどのケガじゃ……」
「あ、お姫様抱っこの方がいい?」
「いぃっ?」

私の脳裏に、祐巳に抱えられて歩く情けない姿が浮かんだ。
それは絶対に嫌だった。

「私の力、さっき見たよね?」

これは、その気になればどうにだって出来るという脅迫だろう……。
この日初めて、祐巳の笑顔の中に邪悪なものを感じた……。

「………………」

仕方なく、私は祐巳の背中に負ぶさった。
その背中は小さくて、簡単に折れてしまいそうなほどだった。
けれど、そこはとても温かくて、安心できた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

<あとがき>

漸く更新できました。
約1ヶ月ぶりですね。
遅くてスイマセン……。

そんなこんなで『不良少女白書』第六話、如何でしたでしょうか?
祐巳が見事に不良たちを撲滅してくれました(笑)
「祐巳は守られる存在でないとダメだっ」という方もいらっしゃいますでしょうが、
不良少女を書こうと思った経緯が、煙草を吸う乃梨子と、もうひとつが強い祐巳なのです。
そんな思いつきで書き始めた私としては、強い祐巳が受け入れてもらえることを祈るばかりです。

さて、ここまで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けたのであれば、それは私にとって最上級の幸福でございます。
では、またの機会が (なるべく) 早く訪れますことをお祈り申し上げます。
ありがとうございました。


20070210 御神楽 華音
BGM:ブリトラ(笑)

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