「ゆ〜みちゃんっ」
「ぎゃうっ」
今日も今日とて、聖は祐巳を抱きしめる。
「今日も可愛いね、祐巳ちゃん」
「ちょ、白薔薇さま。離して下さい」
「え〜、もうちょっとだけ〜」
そう言って聖は祐巳に頬ずりする。
そして、その光景を見つめている人物が一人。
(今日も楽しそうね。そんなにいいのかしら?祐巳ちゃんの抱き心地……)
祐巳と聖のやり取りを、紅薔薇さまである水野蓉子は、じっと見つめていた。
(羨ましいわね……。私も祐巳ちゃん抱っこしてみたいわ……)
そう思った蓉子は、聖から逃れた祐巳に、後ろからそ〜っと忍び寄った。
「ゆ〜みちゃんっ」
「えっ?」
聖の時のような、変な声ではなく、ただ普通に驚いた声。
蓉子はそれを少し残念に思ったが、それでも、腕の中の祐巳の抱き心地は、なかなかいいものだった。
柔らかな髪から漂ってくる甘いシャンプーの香り。
ほっそりと華奢な体から伝わってくる温もり。
(成程、聖がクセに成るのも分かるわ)
蓉子は祐巳の抱き心地に酔いしれていた。
「よ、蓉子さま?」
自分を抱いているのが聖でなく、蓉子と分かり、祐巳は少し大きな声を上げた。
尤も、今この場には祐巳と聖と蓉子の三人しかいない。
聖は祐巳の前にいるので、消去法で蓉子しかいなくなるのだが、そこまで祐巳は頭が回っていないようだった。
「ごめんなさいね、祐巳ちゃん。聖があんまり嬉しそうにしてるものだから、どんなものなのかなぁ、と思って」
「え、あの、その……」
悪戯っぽく微笑む蓉子に対して、何やら祐巳はどんどん顔を真っ赤にしていった。
「祐巳ちゃん?」
不思議に思い、蓉子が祐巳の顔を覗き込む。
すると……、
「えっ?」
祐巳の目から、ポロッと涙が溢れ出た。
「え、ゆ、祐巳ちゃん?」
蓉子は驚き、祐巳の正面にまわる。
「え、あれ?おかしいな、どうして……」
そこで、漸く祐巳は自分が泣いていることに気付いたように、手の甲で涙を拭った。
「すいません。ちょっと、顔洗ってきますね」
そう言うと、祐巳は蓉子の手からするりと抜け出し、パタパタと下へ降りて行った。
「祐巳ちゃん……」
後には、唖然とした蓉子と、何か面白くなさそうな顔をした聖が残された。
「聖。私、祐巳ちゃんに嫌われているのかしら」
「はぁ?」
蓉子がそう言うと、まるで聖は珍獣でも見るかのような目で、蓉子を見た。
「だってそうでしょ?私のことが嫌いだから、祐巳ちゃんは泣いたんでしょ?」
そう言うと、聖は次に呆れたように溜め息を吐いた。
「蓉子って、勉強は出来ても、こういったことには鈍かったんだ」
「どういう意味よ?」
「祐巳ちゃんが、本当に蓉子のこと嫌いだと思う?」
「だって、そうとしか考え……」
「祐巳ちゃんの顔」
蓉子の言葉を遮って、聖が言う。
「顔?」
「表情、って言った方がいいかな?ちゃんと見たの?」
「表情……?」
「あれは、嫌いな人に向けるものじゃないよ。寧ろ……」
そこまで言って、聖は溜め息を吐き、頭をガシガシと掻いた。
「私は羨ましいよ。祐巳ちゃんにあんな顔をさせられる蓉子が」
そう言った聖の横顔は、何だか少し寂しそうだった。
「で、いつまでここでこうしてるわけ?さっさと祐巳ちゃんを追っかけなよ」
「え、でも……」
「でもじゃない。この際、蓉子の都合はどうでもいいの。大切なのは祐巳ちゃん。ほら、さっさと行く」
「ちょ、ちょっと聖?」
聖にグイグイ背中を押されて、扉の外まで追いやられる。
「じゃ、頑張んな」
それだけ言って、聖はさっさと扉を閉めてしまった。
「強引ね……」
呆れたように溜め息を吐き、蓉子は踵を返した。
「ありがとう……」
扉の向こう側の聖に向かってそっと囁き、蓉子は階段を降りた。
祐巳は割りと直ぐに見付かった。
裏庭のベンチで、ボ〜っと空を眺めていた。
「祐巳ちゃん」
蓉子が声を掛けると、祐巳はビクッと体を震わせた。
「よ、蓉子さま……」
「ここにいたのね」
そう言って、祐巳に近づく。
「あ、あの……すみません、蓉子さまっ」
すると、祐巳はいきなりガバッと頭を下げた。
「いきなり泣いてしまって……。でも、嫌だったわけじゃないんです。だって、私……」
一生懸命になって話す祐巳の唇を、蓉子は人差し指でそっと塞いだ。
そして、変わりに自分の気持ちを伝えた。
「好きよ、祐巳ちゃん」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からないという風に、祐巳はきょとんと蓉子を見た。
それから、その顔を見る見る赤くしていった。
「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇっっ?」
口元をふたつの手の平で覆い、それはまるで、信じられないモノを見るようだった。
「信じられないかしら?」
蓉子がそう言うと、祐巳はぶんぶんと首を振った。
「そんなことありません。信じます。だって、蓉子さまの言葉ですから」
「ありがとう。それじゃあ、次は祐巳ちゃんの気持ちを聞かせてもらえるかしら?」
祐巳はゆっくりと頷き、ひとつ深呼吸をして、答えた。
「わ、私も、蓉子さまが好きです。好きだから、だから、さっきは嬉しくて、思わず涙が出てしまったんです」
「ありがとう、嬉しいわ。とっても」
「私もです。蓉子さまが私のことを好きだなんて、夢みたいです」
祐巳の目からは、再び涙が溢れてくる。
そんな祐巳を、蓉子はそっと抱き寄せた。
「やっぱり、祐巳ちゃんを抱いていると、とても気持ちがいいわ」
「そ、そうですか?」
蓉子の腕の中で、頬を赤く染め、首を傾げる。
「こんな美味しいおもいを、聖は一人で楽しんでいただなんて、許せないわね」
蓉子の脳裏に、友人の緩んだ顔が浮かぶ。
「これからは、私一人の特権にしてもいいかしら?」
「はい、私も、その方が嬉しいです。もう聖さまにだって抱き付かせてあげません」
「そうね。私も釘を刺しておくわ」
そう言って、二人は抱き合いながら、一緒に笑った。
「そんな訳だから、今度祐巳ちゃんに抱き付いたら丸坊主にするから」
「え〜〜〜っ!何、そのオチ?」
「だって、祐巳ちゃんは私だけのものですもの」
「よ、蓉子さま……」
「祐巳ちゃん」
見つめ合い、甘い雰囲気の二人と置いてきぼりの聖。
「ぶ〜。面白くない〜」
聖は不貞腐れた顔で、音を立てて紅茶をすすった。
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あとがき
どうも、御神楽 華音です。
今回は初の祐巳×蓉子のお話。
如何でしたでしょうか?
乃梨子との話を書く時は、祐巳の方が年上なので、乃梨子は可愛く、祐巳は少しお姉さんっぽくを意識して書いております。
が、今回は相手が蓉子さまということで、祐巳を可愛く書こうと意識しました。
特に、今回の話で一番書きたかったのは、蓉子に抱きしめられて、思わず泣いてしまう祐巳、という部分です。
この部分をみなさまに楽しんで頂けたのなら、今回の作品は私の中では上々です。
それでは、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂けたのであれば、私にとってそれは最上級の幸福でございます。
では、またの機会がありますことを、お祈り申し上げます。
20060526 御神楽 華音