「あっ、雨だ」
ばらの館で仕事をしている途中、祐巳が不意にポツリと漏らした。
「あ〜、私傘持って来てないや……」
朝は晴れていたので、大丈夫だと思ったのだ。
こんなことなら、ちゃんと天気予報も見ておくんだった。と、祐巳は後悔した。
「あっ、私持ってるわよ折りたたみの小さいやつだけど。よかったら入ってく?」
「本当、由乃さん。助かるよ〜」
由乃は、
「よし、祐巳さんと相合傘だ!」
と内心ほくそ笑んだが、それを許さない人物がいた。
勿論、志摩子である。
「ありがとう、由乃さん」
志摩子が言う。
「は?」
「私も持ってないのよ」
「はぁ?」
「よかったわ、由乃さんが傘をもっていてくれて」
口ではそう言っているが、志摩子の目は
「祐巳さんと相合傘なんてさせないわよ」
と言っている。
「でも残念ね。私の傘小さいから、志摩子さんを入れるスペースまでないわ」
由乃はそう言って、何とか祐巳との相合傘にこぎつけ様とした。
しかし、志摩子だって、そう簡単にそれは許さない。
「あらそう。由乃さんは大切な友人を見捨てるのね。自分の欲望の為に」
「なっ!」
そんなことを言われて、このまま帰ってしまえば、祐巳の株が下がる。
いや、尤も、祐巳が志摩子を置いて帰るとも思えないが……。
(くっ、卑怯者)
(抜け駆けしようとした由乃さんに言われたくないわね)
目で会話して、静かに睨み合う。
「あっ、じゃあ、私はいいから、二人で帰りなよ。私は瞳子ちゃんに入れてもらうから」
「「「え?」」」
三人の声が重なる。
「ゆ、祐巳さま?」
この場にいたのにも関わらず、変なとばっちりを受けたくなかった為に、
ずっと会話に参加していなかったが、それに気付いていない祐巳に、まんまと巻き込まれた。
「いいよね、瞳子ちゃん?」
「うっ……」
そんな素敵な笑顔で言われたら、断れる筈がない。
しかし、首を縦に振る勇気も無い。
何故なら、祐巳の後ろに立つ二人が、それはもう、すっごい形相で睨んでいるからだ。
由乃はそれこそ、親の仇でも見るように。
志摩子は口元を歪めて、静かに。
(恐っ!)
これで祐巳と相合傘で帰ろうものなら、確実に二人に殺られる。
しかし、理由も無しに断れば、祐巳は凄い勢いで落ち込むに違いない。
それはそれで、また二人に殺られる。
(理不尽ですわ〜)
瞳子は完全に逃げ場を無くした。
「ごきげんよう。すいません、少し遅く……」
(天の助けっ!)
瞳子は勢い良く立ち上がると、乃梨子に詰め寄った。
「まぁ、乃梨子さん、濡れているじゃありませんか。傘をお忘れになったんですの?
仕方ありませんわね。私の傘に入れて差し上げますわ。さぁ、参りましょう。えぇ、今すぐっ!」
「え、ち、ちょっと、瞳子?何?傘なら持って…えぇ?」
訳も分からず、乃梨子は瞳子に連れて行かれてしまった。
後に残された祐巳は、開け放たれたビスケット扉を唖然と見つめた。
そして、溜め息をひとつ吐いて、二人に振り返る。
「二人とも、後ろで何かしてた?」
「「え?」」
再び二人の声が重なる。
「何だか、瞳子ちゃん怯えていたみたいだし。二人が後ろで無言の圧力でもかけてたのかなぁ、と思って」
どうやら祐巳は、二人と付き合うようになって、少し鋭くなったようだ。
「そ、そんなわけないじゃない」
「そうよ、祐巳さん」
口ではそう言ったが、内心では冷や冷やしていた。
祐巳はもう一度溜め息を吐いてから、しょうがないなぁ、と笑った。
「瞳子ちゃん、帰っちゃったし、三人で帰ろうか?」
「え、でも、私の傘小さいし……」
「少しくらい濡れても大丈夫だよ。ね?」
そう微笑む祐巳に、由乃が顔を赤くする。
「かっ……」
「可愛いわ、祐巳さん」
由乃がそう言うより先に、志摩子がそう言って祐巳を抱きしめた。
「って、何で志摩子さんが抱きつくのよっ?」
「先取りよ」
「意味分かんないわよ」
「なら、先手必勝」
「それも意味不明!」
「まぁまぁ」
(結局このパターン?)
祐巳はもうすっかり見慣れた光景に苦笑した。
「でも、由乃さんは別にいいとして、あんまり傘が小さいと祐巳さんが濡れてしまうわね」
「そうね。志摩子さんは別にいいとして、それはあまり良くないわね」
志摩子に対抗するように、祐巳を抱きしめながら言う。
変わりばんに抱きしめられる立場としては、何だかヌイグルミか小動物にでもなった気分だ。
「かといって、他に傘がないし……」
抱きしめながら、首を捻る由乃。
「私は別に濡れても……」
そう言いかけた時、ギシギシと階段が軋み、ビスケット扉が開いた。
「ごきげんよう。天気予報当たったね。振ってきたよ」
大きな傘から雫を垂らし、令が入ってきた。
その令に由乃が跳びかかる。
「令ちゃんナイスッ!」
「え、何?」
突然のことに慌てる令から、傘を奪い取った由乃は、代わりに自分の折りたたみ傘を渡した。
「はい、交換」
「え?」
「私、令ちゃんが従姉妹で良かったわ」
「え、そう?嬉しいな。私もそう思うよ」
由乃にそう言われて、キョトンとしていた顔が一気に緩む。
「うん、感謝するわ。それじゃあ、私たち帰るから、またね、令ちゃん。祐巳さん、志摩子さん、行こう」
「え、ちょっと由乃さん、いいの?」
「いいのいいの」
そう言いながら、祐巳の背中をグイグイ押す。
「じゃあ、ばいばい、令ちゃん」
「それでは、ごけげんよう、令さま」
「うん、ごきげんよう」
緩んだ顔で手を振る令の前で、ビスケット扉が閉められる。
「あれ?」
取り残された令は、一人首を傾げた。
「由乃さん、よかったの?」
一人残してきた令を思って、祐巳が言う。
しかし、由乃の方は、
「いいのよ、別に」
とあっけらかんと言って、傘を開いた。
「祐巳さん、持ってもらっていい?」
「う、うん」
由乃に傘を差し出され、それを受け取る。
「それじゃあ、失礼して」
「え?」
祐巳が持つ傘の下へ、由乃と志摩子が入り、ピッタリと身を寄せてくる。
しかし、それだけではなく、二人は自分の腕を祐巳のそれと絡ませた。
「ちょ、二人とも?」
「あら、ぴったりくっ付いていないと濡れてしまうでしょ?」
「そ、そうだけど……」
(ここ学校……)
祐巳は慌てて辺りを見渡したが、雨でみんな早く帰ったのか、祐巳たち以外の生徒はもう見当たらない。
尤も、誰かいたとしても、傍から見れば、仲の良い友人に見えるだろうけど……。
それでも……、
「それに、恋人同士なんだから、これくらい普通よ」
そう、例え傍目にどう見えようと、自分たちの関係は、確かに恋人同士なわけで……。
その事実と、二人の体温と鼻を擽る香りが、祐巳をドキドキさせた。
それから三人で、祐巳の家の前まで来た。
バス停まででいいと言ったのだが、それではバス停から家までの間に濡れてしまうと言われ、押し切られた。
「二人とも、今日はありがとう」
「祐巳さんの為なら、例え火の中水の中よ」
由乃その言葉に、志摩子も頷く。
「大袈裟だよ」
そう言って祐巳は笑ったが、二人のことだから冗談ではない気がして、少し恐かった。
「じゃあ、また明日ね。由乃さん、志摩子さん、ごきげんよう」
「えぇ、また明日」
「ごきげんよう、祐巳さん」
手を振る祐巳に対して、二人も同じ様に手を振る。
そして、祐巳は家の中へ入っていった。
それを確認すると、志摩子は自分の鞄から折りたたみの傘を出すと、それを広げた。
「ここまで入れてくれてありがとう、由乃さん」
そう言って、由乃の傘から出る。
「やっぱり、自分の傘を持ってたわね」
由乃は呆れて溜め息を吐いた。
「あら、気付いてたの?」
「まぁね。天気予報は雨って言ってたし、祐巳さんなら兎も角、志摩子さんがそういうところでは抜かりないと思うし」
「そうね、備えあれば憂い無しとも言うし。でも、どうして今まで黙っていたの。
私が傘を持っているのが分かれば、自分だけで祐巳さんと相合傘が出来たんじゃない?」
「さぁ?確信していたわけじゃないし」
そう言って由乃はおどけて見せた。
それが何だか可笑しくて、志摩子は遂笑ってしまった。
「な、何よ?」
「いいえ、何でもないわ。ありがとう、由乃さん」
「な、だから何よ?お礼を言われるようなことなんてしてないわよ」
由乃は顔を真っ赤にして、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
由乃はきっと、二人で交わしたあの約束。
「抜け駆けをしない」という約束を守っているのだろう。
「私、祐巳さんの次に、由乃さんが好きよ」
「えっ?」
由乃は我が耳を疑った。
慌てて振り返ると、柔らかに微笑む志摩子がそこにいた。
「べ、別に、志摩子さんに好かれたって嬉しくないわよ。私が好きなのは、祐巳さんなんだから」
そして、やっぱり由乃は顔を真っ赤に、そっぽを向いてしまった。
「あら、それは私も同じよ。祐巳さんが一番。二番が由乃さん」
「何それ?私はキープ君なわけ?」
「まさか。私は近々、きちんと祐巳さんと結ばれるんだから、由乃さんをキープにしておく必要はないわ。
由乃さんこそ、誰か他の人を探しておいた方がいいじゃないかしら?」
そう言って、志摩子は微笑んだ。
だが、由乃には、それがとても不敵なモノに見えた。
なので、由乃も言った。
「お生憎様。祐巳さんと結ばれるのは私なんだから。だから、志摩子さんこそ、私と祐巳さん以外の人を探した方がいいわよ」
そう言って、二人はいつもの様に睨み合った。
お誂え向きに、雨が降っている。
これで雷でも鳴れば、演出としては申し分なかっただろう。
しかし、雷が鳴るどころか、つい今まで振っていた雨まで、突然止んだ。
「あら、止んだわね」
「そうね。意外に早かったわね」
二人は揃って傘をたたんだ。
「あ、そうそう、志摩子さん」
「何、由乃さん」
「さっきの話、一番好きなのは祐巳さんに変わりないけど、私も、志摩子さんが二番目に好きよ」
それを聞いた志摩子は、一瞬驚いたように目を見開き、そして、柔らかに微笑んだ。
「二番は令さまでなくていいの?」
「別に、三番目くらいでいいんじゃない?」
由乃は「それはどうでもいい」というように、面倒臭そうに頭を掻いた。
どこかで、「酷いよ、由乃」という情けない声が聞こえたような気がした。
「まぁ、私たちはお互いに、二番目に好きな相手で、同時に、良き好敵手ってことかしらね」
「そうね、でも―――」
「「あなたに祐巳さんは譲らない」」
二人の声が、見事にハモった。
そして、二人は同時に笑った。
雲の切れ間からは、もう光が差し込んでいた。
え、まだ続けるんですか?
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あとがき
どうも、御神楽 華音です。
約二ヶ月ぶりに「公認ふたまた騒動」を更新しました。
もう結構ネタ切れです。
今回も、六月→雨→相合傘。
という安直な考えからの物です。
しかも、今回はあまり祐巳たちがイチャついてない!!
寧ろ、由乃と志摩子の友情の話ですかね?
ですが、今回の由乃と志摩子のやり取りは、自分でも気に入っています。
こんなほのぼのとした関係が、いつまでも続くといいですね。
あ、それは私次第なのか?
う〜、頑張ります。
さて、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
次の話はどうなるかは分かりませんが、書き上がった際、お時間等ありましたら、また読んで下さいまし。
それでは、またの機会がありますことを、お祈り申し上げます。
20060625 御神楽 華音