今月になって、吐く息が白くなった。
そんな冷たい空気の中、私はバス停で人を待っていた。
その人に会えるのなら、この寒空の中だろうと、何時間だって待ってやる。
それでも、やっぱり寒いので、手をコートのポケットに入れて、首を竦めている。
それに、遅刻なんてする人じゃない。
定刻より少しバスは遅れたけど、その人はちゃんとそれに乗っていた。
「お待たせ、乃梨子ちゃん。寒くなかった?」
バスから降りた祐巳さまは、いつもの様に微笑んでいる。
そう、この笑顔が見れるのであれば、寒さなんて……。
「大丈夫ですよ。そんなに待っていませんから」
「そう。じゃあ、行こうか」
そう言って、祐巳さまは私に手を差し伸べてくれた。
私は、コートから手を出して、それを握ろうとした。
だが、
「あぁっ!」
と祐巳さまが声を上げる。
「乃梨子ちゃん、また手袋してない」
「だから、持ってないんですよ」
「買いなさいって言ってるでしょ?」
「私は仕送りしてもらっている身ですから、お金がないんです」
「私とデートするお金はあるのに?」
「それは、まぁ、別料金?」
なんて言ってみるが、私が手袋を買わない本当の理由は、別にある。
「しょうがないなぁ」
祐巳さまは呆れたように溜め息をつくと、片方の手袋を私に貸してくれた。
「じゃあ、行こうか」
そして、もう片方の手を、私の手と繋いだ。
こうやって、一組の手袋を片方ずつして、もう片方の手を繋ぐ。
そうすることが、私は好きだった。
きっと、祐巳さまだって、それは同じだと思う。
「手袋を買いなさい」とは言われても、「手袋を買いに行こう」とは言われないから。
今日のデートにだって、手袋を買う予定は無い。
「祐巳さまの手、温かいですね」
「さっきまで手袋してたからね。逆に、乃梨子ちゃんは冷たいね」
「手袋をしてませんでしたから」
「そうやって、いつも私の体温を奪うんだもん」
そう頬をぷうっと膨らませてみせるが、正直、それが可愛くて私は吹きだしてしまった。
祐巳さまも、「もうっ」と怒りながら、一緒に笑った。
それから少し歩いて、私達はウインドーショッピングと流れ込んだ。
さっきの「お金が無い」というのは、あながち嘘ではない。
私達は、結構頻繁にデートをしている。
その度にお金を使っていたら、お小遣いなんてあっという間だ。
だから、私達はあまりお金を使わないで遊ぶようにしている。
今日のようなウインドーショッピングをする時もあれば、どちらかの家で過ごす時もある。
「あ、これ可愛い」
ショーウインドーのクマのヌイグルミを見つけた祐巳さまが、はしゃいだ声を上げる。
大抵は冷やかして終わるのだが、珍しくジッとそれを見つめていた。
「欲しいんですか?」
私が聞いても、祐巳さまは「う〜ん」と唸るだけだった。
「プレゼント、しましょうか?」
「え、ダメだよ。さっきお金無いって言ってたでしょ?」
「祐巳さまの為なら、それは別です」
「それでもダメ」
「なら、もう直ぐクリスマスですから、その時にプレゼントしましょうか?」
「それもダメ。プレゼントは、サプライズの方が楽しいでしょ?」
色々言ったが、祐巳さまはダメの一点張りだった。
「やっぱり、我慢するよ」
結局、買うこともなく、私達はそこを離れることになった。
「行こ」
祐巳さまが、そうして私の手を引く。
冷たい空気の中、そこだけが温かかった。
ねぇ、祐巳さま。
知ってますか?
祐巳さまと、手を繋げるようになったから、今年の冬は、とても幸せなんです。
鼻が凍りそうな寒い中を歩いている筈なのに、不思議と寒さを感じない。
この手の温もりに、全ての幸せが凝縮されているような、そんなことすら思うんですよ。
それでもやっぱり、不安になる時だってあるんです。
今が幸せすぎるから、尚更。
祐巳さまが、私を愛してくれていることは分かります。
そんな祐巳さまを、私はちゃんと愛せていますか?
ねぇ、祐巳さま……。
「ん、何、乃梨子ちゃん?」
じっと見つめていた視線に気付いたのか、祐巳さまが私の方へ顔を向ける。
私は首を横に振ると、
「なんでもないです」
と答えた。
人間、生きていれば不安になる時だってある。
それでも、私は祐巳さまを信じている。
それに、いつか祐巳さまが教えてくれた。
祐巳さま自身も、不安になる時がある、と。
不謹慎かもしれないが、私はそれを聞いて、祐巳さまが同じ不安を抱えていたとこが、なんだか嬉しかった。
だから、私は頑張ろうと思った。
いつだって祐巳さまに支えてもらっているから。
祐巳さまが不安になった時は、私が支える。
祐巳さまは、いつだって私の側にいれくれるのだから。
それから、私達はたい焼きを買った。
私が小倉で、祐巳さまがカスタード。
それを、二人で分け合いながら歩いた。
途中、CD屋に入って、『N○K「みんなのうた」45周年ベスト曲集』というCDを見つけた。
「あ、祐巳さまの歌がありますよ」
「え?」
私がそう言うと、祐巳さまが不思議そうに覗き込んでくる。
わたしは、「ほらっ、これ」と20曲目の「こだぬきポ○ポ」という曲を指差した。
「へぇ……」
と祐巳さまのコメカミがピクピクと動く。
「先輩に向かって、いい度胸だよね、乃梨子ちゃん」
「でも、いい曲ですよ」
「じゃあ、どんな曲?」
そう祐巳さまは、ムスッとしかめっ面で言った。
なんだか、ドラマ等で王道的な「最後に言い残しておくことは無いか?」と言われてるような気がして恐かった……。
「こだぬきのポ○ポが、ある寒い冬の日に、女の子から手袋を貸してもらうんです。
それで、ポ○ポは女の子に手袋を返そうと、駅で待っているんですけど、女の子はこないんです。
次の冬が来て、雪が降っても、女の子はこない。それでも、ポ○ポは待ち続けるんです。
切ないと思いません?」
「女の子は、どうしてこないの?」
「どうやら、忘れてしまったらしいんです。歌詞に、『ちっちゃな子』ってありますから、結構幼かったのではないかと」
「へぇ、そうなんだ」
と祐巳さまは興味半分といったふうに頷いた。
「祐巳さまも、もし私とはぐれちゃったら、ポ○ポみたいに待ってて下さいね」
「え〜、それはちょっと嫌だなぁ」
祐巳さまはあっさり拒否してくれた。
これには流石にショックだ。
さっきの、こだぬき呼ばわりしたことの仕返しだろうか?
なんてことを考えていたら、
「私は、ポ○ポじゃないからね。乃梨子ちゃんを探すよ」
と嬉しいことを言ってくれた。
そして、
「で、乃梨子ちゃん。誰がこだぬきなのかなぁ?」
「いひゃいいひゃい」
とっても素敵な笑顔で私の両頬を引っ張った。
「ふいまへんふいません」
この後、私はワッフルを奢らされた……。
こだぬきと言った報復は、しっかりと別の形で待っていたようだ……。
そうやって、祐巳さまとのデートを楽しんだものの、やはり、そんな時こそ、時間が過ぎるのは早い。
特に、12月になって、一段と日が落ちるのが早くなった。
まだ5時過ぎだとゆうのに、辺りは既に薄暗い。
「それじゃあ、また明日ね」
バス停に停車しているバスの前で、祐巳さまは私にそう告げた。
本当は、片時だって離れずに、側にいたい。
けれど、それは私の我侭でしかないから。
だから、その我侭を、ほんの少しだけ通すために、私は祐巳さまの服を握る。
祐巳さまも承知したもので、二人の距離がゆっくりと近づいていく。
別れ際のキスは、私の胸に、ほんのひとひらの寂しさを残した……。
私は、祐巳さまが乗ったバスを見送りながら、その唇を撫でた。
そこに残った寂しさ。
けれど、確かにある温もりが、また明日を心待ちにさせる。
デートでは手を繋いで。
不安になっても、励まし合って。
別れ際には、キスをする。
そんな二人の習慣を、これからも、もっと増やしていきたい。
そうやって、もっと祐巳さまのことを好きになるんだ。
そうやって、私達は、時と愛を重ねていくんだ。
いつまでも―――
―――――――――――――――
あとがき
寒くなってきて、もう直ぐ11月も終わります。
早いわぁ……。
って、やっと更新できましたよ。
本当は27日(?)には出来てたんですけど、何故かファイルのアップロードが出来ませんでした。
なんかただの障害ではないような気がするんですよねぇ……。
二日も障害が続くなんておかしいよ〜。
さて、何はともあれ、「habit」如何でしたでしょうか?
これは、野田順子さんの「habit」という曲を元に書きました。
はい、タイトル変わってません……。
それから、途中に出てきた、『こだぬきポンポ』
私の好きな童謡の一つです。
『大きな古時計』や『北風小僧の寒太郎』のようにメジャーではないので、知らない方が多かったかもしれませんね。
しかし、乃梨子が説明した通り、いい曲なので聴いてみて下さい。
(『こだぬきポンポ』については、日誌にも書きました)
そして、
『祐巳さまと、手を繋げるようになったから、今年の冬は、とても幸せなんです』
この言葉こそが、今回一番書きたかったところです。
寒い冬だからこそ、大切な人の温もりが、とても愛おしく感じられるのだと思います。
あなたの隣にも、そんな人が現れますように祈っています。
それでは、恒例のご挨拶。
今回の話は如何でしたでしょうか?
楽しんで頂けたのであれば、それは私にとっての幸いであります。
では、またの機会がありますことを、お祈り申し上げます。
20061129 御神楽 華音