駅前。
乃梨子はそこで人を待っていた。
今日は待ちに待った、祐巳とのクリスマスデートである。
(デート、だよね。恋人ってわけじゃないけど、二人きりだし……)
乃梨子は、ガラスに映った自分を見て、髪や服装の乱れがないかチェックした。
(どこも可笑しなところは無いよね……)
指先でちょいちょいと髪を摘んだり、首を捻り、服装に可笑しなところが無いかチェックする仕草は、とても微笑ましい。
傍から見れば、初デートの中学生の様な初々しさがある。
「うん、大丈夫」
見た感じ、可笑しなところは見受けられない。
乃梨子はホッと息を吐いた。
すると、
「気合バッチリ?」
「きゃあっ!」
突然の後ろからの声。
乃梨子は飛び上がりそうなほど驚いた。
「あ、ごめん。まさかそんなに驚くとは……」
振り返ると、祐巳がバツが悪そうに苦笑していた。
「ゆ、祐巳様。い、何時からいらしたんですか?」
「え、え〜っと……。指で髪を弄ってるあたりから、かな……?」
祐巳はタハハっと苦笑して、僅かに乃梨子から視線を外した。
対して乃梨子は、ショックで真っ青だった。
(まさか見られてたなんて……)
穴があったら入りたいとは、きっとこういう状況の事を指すのだろ。
そう乃梨子は悟った。
「そうですか……」
それでも乃梨子は平生を装った。
折角の祐巳とのクリスマスデートなのだ。
こんな事で気を使わせたり、変な雰囲気を作りたくない。
「そろそろ行きましょう、祐巳様」
恥ずかしさもあり、乃梨子は祐巳より先に立って歩き出す。
「あ、待ってよ、乃梨子ちゃん」
祐巳が慌ててパタパタとついて来る。
そして、ふわっと首に何かが巻かれた。
「えっ?」
手で触れると、毛糸の感触。
ふわふわとして、柔らかく、そして暖かい。
乃梨子の首に巻かれた物。
それはマフラーだった。
「乃梨子ちゃん、いつも寒そうな格好してるから」
確かに、自分は学校に行く時や、外出する時、薄手のコートを一枚羽織るだ。
マフラーもしなければ、手袋もしない。
寒くないわけではないが、買うのも何と無くお金が勿体無いかなと思ってしまう。
簡単に言ってしまえば、モノグサなのだ。
「だから、私から乃梨子ちゃんへ、クリスマスプレゼントだよ」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
「お店で買ったのに、少し手を加えただけの、手抜きの品なんだけどね」
見ると、マフラーの隅に『N.N』の刺繍がしてある。
特にマフラーなど必要ないと思っていた。
だが、それが祐巳からのクリスマスプレゼントかと思うと、それがとても暖かい物に感じた。
乃梨子はそんな現金な自分に苦笑した。
「ありがとうございます。暖かいです、とても」
乃梨子がそう言うと、祐巳ははにかんだ様に笑った。
「本当は手袋もあげたかったんだけど、お小遣い足りなくなっちゃって。
令様みたいに、お裁縫が得意だったら、編んであげることも出来たんだけどね」
「そんな、充分ですよ」
そう言って、乃梨弧はマフラーを愛おしそうに撫でた。
すると、その手が祐巳のそれに包まれる。
瞬間、心臓がドキッと高鳴るのを感じた。
「寒くない?」
祐巳の綺麗な瞳に覗き込まれる。
憂いを帯びたような――自分を心配してくれているのだろう。
「えぇ、大丈夫です。私はいつもこれですから」
「うん、でも……」
それでも祐巳はまだ納得できていないようだった。
すると、「そうだ」と、ポンッと手を叩いた。
「はい、片方貸してあげる」
祐巳は右手の手袋を外して、乃梨子に差し出した。
「そんな、悪いです」
乃梨子は慌てて押し止める。
「大丈夫だよ」
それでも祐巳は少々強引に乃梨子の手を取り、手袋を嵌めた。
そして、露になった右手で、乃梨子の左手を握った。
「こうすれば、二人とも暖かいよ」
自分の冷えきった手が、祐巳の温もりを奪ってしまわないだろうか。
そんな考えが頭を過ぎったが、祐巳の照れ笑いを見ると、手を離す事が出来なかった。
いや、ただ単に、自分が離したくなかっただけだったかもしれない。
「じゃあ、行こうか」
祐巳が手を引くという形で、二人は歩き出した。
それから、二人は、映画を観たり、ウインドーショッピング等をして過ごした。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて夜の帳が降りてきた。
二人は大きなデパートを訪れた。
といっても、中に用事があるわけではない。
その横にある大きなクスノキ。
それが、クリスマスということで、デコレーションが施されているらしいのだ。
二人はそれを見る為に来た。
「綺麗だね……」
隣にいる祐巳がポソッと呟く。
その祐巳を盗み見ると、イルミネーションの光に彩られ、いつもよりずっと綺麗に映った。
(祐巳様の方が、ずっと綺麗です)
そんな言葉が浮かんできたが、さすがに言う勇気はなかった。
「ありがとう……」
ふと、祐巳が呟く。
「今日はありがとう、誘ってくれて」
いつかのセリフを繰り返す。
「そんな、お礼を言うのは私の方です。素敵なプレゼントまで頂いて」
「そんなにいい物じゃないよ」
と、祐巳は苦笑する。
「そんなことないです。嬉しかったです、とても……。
だから私、お礼が、したいです」
「え、そんな、いいよ。大した事してないし」
「だけど、私は凄く嬉しかったんです」
祐巳を見つめる。
祐巳との身長はあまり変わらない。
視線の先に、祐巳の瞳があった。
それをまっすぐに見つめる。
「うん。じゃあ、何をしてくれるの?」
仕方ないなぁ、という風に。
それでも嬉しそうに、祐巳は頷いた。
「私も、祐巳様にちゃんと、クリスマスプレゼントを用意しているんです」
そう、自分だって、祐巳へのプレゼントは用意していた。
だが、あの時は渡せなかった。
持ち歩けるような物ではないからだ。
「本当?実は、ちょっとだけ期待してたんだ。
けど、マフラー渡した時に貰えなかったから、半分諦めてたんだよね」
まるで花が咲いた様に、パッと祐巳の表情が綻ぶ。
「え、えぇ。でも、用意はしてあるんですよ」
自分でも分かる。
今、かなり『イッパイイッパイ』な状態だ。
変なことが口を吐き、肝心なところは出てこない。
また、いつかの様に逃げ出してしまいたくなる。
しかし、今は逃げるわけにはいかない。
乃梨子は祐巳に貰ったマフラーをそっと撫でた。
そうすれば、勇気が出せると思ったからだ。
「祐巳様は、甘いものがお好きだと伺ったので、ケーキを、焼いたんです。だから……」
乃梨子は一度言葉を区切り、息を吸い、力を込めた。
「家に、来ませんか……」
力を込めたわりには簡単に掻き消されてしまいそうなほど、小さな声になってしまった。
それでも、祐巳にはちゃんと届いたようだった。
「うん。じゃあ、ちょっと待っててね」
そう言うと、祐巳は乃梨子から少し離れた。
そこで携帯電話を取り出し、何処かへかけた。
この場合、恐らくは自宅だろう。
暫くして、祐巳が帰ってきた。
「お待たせ。家に電話したから、もう少しなら遅くなっても大丈夫だよ」
やはり、電話は自宅にだったようだ。
まだそんなに遅い時間ではないが、もう日は沈んで、辺りは暗い。
年頃の娘がいつまでも帰らないとなると、心配もされるだろう。
「楽しみだな、乃梨子ちゃんのケーキ」
そう微笑むと、祐巳は再び乃梨子も手を取った。
「行こう?」
そう言って、祐巳が乃梨子の手を引く。
振り返った祐巳の笑顔は、夜の暗さと、ツリーの明かりに照らされ、何だか幻想的に映った。
「おいしい。乃梨子ちゃん、このケーキ、凄くおいしいよ」
「そうですか、ありがとうございます」
本当に美味しそうにケーキを頬張る祐巳に微笑み返しながら、乃梨子は内心安堵の息を漏らした。
これで、数々の試作品という名で犠牲になったケーキ達も浮かばれよう。
安心の出来た事もあり、乃梨子は少し前から気になっていた事を、祐巳に聞いてみることにした。
「祐巳様。あの時祐巳様には、私が何を言おうとしたか、分かったのですか?」
あの時とは、乃梨子が祐巳に後ろから抱き締められた時の事だ。
「断ったりしないから」と言われたが、乃梨子が何を言いたかったのか。
祐巳にはそれが分かっていたのか。
その事が、ずっと気になっていた。
「いきなりな質問だね」
紅茶を啜っていた祐巳が苦笑した。
確かに、今までの話からは、関連性が無い。
「あ、すいません……」
乃梨子は慌てて頭を下げた。
「でも、聞きたかったんだよね?」
「あ、はい……」
乃梨子が頷くと、祐巳は少し困った様に微笑んだ。
「確証があったわけじゃないんだ。
あの時、乃梨子ちゃんはクリスマスに誘ってくれたでしょ。
だけど、私は乃梨子ちゃんがその事を言いたがっているって、気付いてたわけじゃないの。ただ……」
「ただ……」
「ただ、私にとって嬉しい事を言おうとしてくれている。それだけは分かったよ」
「では、そんな不確かな状態で、どうして私を追いかけて下さったのですか?」
「言ったでしょ。わたしにとって、嬉しい事を言おうとしてくれているのは分かったって。
それを乃梨子ちゃんは途中で止めちゃったから。だから、追いかけたんだよ。どうしても、聞きたかったから」
乃梨子は、正直少し呆れていた。
結局は、「何となく」で祐巳は行動したのだ。
全然別の事だったら、どうするつもりだったのだろうか。
本当に…祐巳はまっすぐな人間なのだ。
だから、好きになったのかもしれない……。
「これで、あれが愛の告白だったら、もっと良かったんだけどね」
「え?」
何?
愛の告白?
だったら良かった?
何が?
誰が誰に告白をするの?
祐巳の一言で、乃梨子は完全にフリーズしてしまった。
そんな乃梨子を見て、祐巳はクスクスっと笑った。
「好きだよ、乃梨子ちゃん」
「え、あ、あの……」
状況が上手く把握できず、言葉が出てこない。
そんな状態の乃梨子にお構い無しに、祐巳が体を乗り出してきた。
「ん、んーっ!」
乃梨子のケーキに乗っていた苺を、口に押し当てられる。
そして、間髪入れず、祐巳の唇が重なった。
「んっ……」
苺は半分に噛み切られ、片方が乃梨子の口の中へ転がる。
祐巳はもう半分をモグモグと咀嚼していた。
「ファーストキスは苺味?」
そう言って微笑んだ祐巳の笑顔は、何だか少し妖しく、色っぽかった。
乃梨子の方の苺には、クリームが付着していた。
クリームの甘さと、苺のすっぱさが口の中に広がり、祐巳の唇の感触と相成って、何とも甘美だった。
それが媚薬のような効果を現したのか、頭がボ〜っとしてきた。
今なら、普段では言えない様な、少々大胆な事も言えるかもしれない。
乃梨子はそう思った。
「祐巳様、いきなりなんて、ズルイです」
乃梨子は拗ねた様に唇を尖らせた。
「今の、よく分からなかったから……。
だから、もう一回、して下さい……」
それを聞いた祐巳は、一瞬驚いたように目を見開いた。
そして、すっと目を細めて笑い、再び体を乗り出してきた。
「乃梨子ちゃん、以外に大胆だね」
「祐巳様だって……」
祐巳は、愛おしむ様に乃梨子の髪を撫で、、そして、唇を重ねた。
先程よりも長く、深く。
(私が作ったケーキなんかより、全然甘いや)
そんな事を思いながら、乃梨子は祐巳の唇の感触を楽しんだ。
それは体の芯から焼けてしまいそうなほど熱く、今まで食べてきたどんなお菓子より甘かった。
「メリークリスマス。今までで一番、最高のクリスマスだよ。ありがとう」
耳元でそう囁かれ、頬にちょんっとキスされた。
そして、二人は三度唇を重ねた。
―――――――――――
あとがき
出掛ける時は薄手のコート一枚。マフラーも手袋もなし。
それは乃梨子ではなく、私です……。
こんばんは。御神楽華音です。
やっと終りましたよ、クリスマスSS。
クリスマスすら終ってますよ……。間に合いませんでした……。
え〜、如何でしたでしょうか?
楽しんで頂けましたでしょうか?
まだまだ至らない所は山の如しですが、今回はなかなか楽しんで書く事が出来ました。
いや、まぁ、書いてて自分も恥ずかしくなったんですけどね、苺のあたり……。
もし楽しんで頂けたのなら、それは最上級の幸福です。
感想等頂けたらば、それは更に幸せです。
誤字・脱字等ありましたらば(てか、多分ある)連絡板にてご指摘下さい。
反省します……。
最後に、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
20051227 御神楽 華音