その日は、山百合会の仕事が無かった。
仕方が無いので、家に帰って、ネットでもしようと考えていた。
そうして、靴を履き替えて昇降口から出ると、そこに見知った姿を見付けた。

「祐巳さまっ」

乃梨子は嬉しくなって声を掛けた。
薔薇の館に行く用事が無いから、今日は会えないかと思っていた。

(あぁ、マリアさま、ありがとうございます)

乃梨子は心の中でマリアさまに感謝した。
尤も、仏像愛好家である自分が、こんな時だけマリアさまに感謝しても、マリアさまだって困るだろうが……。

「あっ、乃梨子ちゃんっ」

乃梨子の声に振り返った祐巳は、いつもの様に優しく微笑んでくれた。

「祐巳さま、今お帰りですか?」
「うん、そうだよ」
「でしたら、途中までご一緒しても宜しいですか?」
「うん、勿論だよ」
「ありがとうございます」

乃梨子はそう言うと、ドキドキしながら祐巳の隣に並んだ。
同じ山百合会にいても、祐巳は殆んど姉の祥子と帰ってしまうので、こうして祐巳の隣に並ぶのは初めてのことだった。

「祐巳さま、今日、瞳子がですね――」

そんな、とりとめのない話をしながら、乃梨子はそのささやかな幸せをかみ締めていた。
しかし、そんな小さな幸せすら、長くは続かない。

「ゆみっ」

校門から出たところで、祐巳の名前を呼ぶ声がした。
しかも、何だかその声は幼かった。

「ヒュウ君?」

祐巳は、その声の人物を知っているようで、振り返ってその子の名前を呼んだ。
案の定、その人物はまだ幼く、5、6歳といったところだろう。

「どうしたの、ヒュウ君?」

祐巳は、その子どもの所へ駆け寄ると、目線を合わせるようにしゃがんだ。

「マコがあいたいだって。あそぼう」
「マコちゃんじゃなくて、ヒュウ君が会いたかったんじゃない?」
「べつに」

口ではそう言っても、その子は祐巳の手を取って、何処かへ連れて行こうと引っ張った。

「あ〜、ヒュウ君。行くから、そんなに引っ張らないでよ。あ、乃梨子ちゃんも行く?」
「え?」
「みんな可愛いよ」

そう言われても、乃梨子はあまり乗り気ではなかった。
乃梨子は、子どもがあまり好きではない。
自分勝手で我侭で汚くて。
子どもに対して、マイナスイメージしか持っていない。

「ヒュウ君、ストップストップ」

乃梨子が悩んでいると、その子から離れた、一度戻って乃梨子の手を握った。

「ほら、遅くなると、あの子達拗ねるから」
「え、えぇ……」

結局、断り切れずに、乃梨子は祐巳に手を引かれながらついて行くことになった。

 

 

 

そこは、小さな公園だった。
その場所を、今まで乃梨子は知らなかった。
そこには、全部で四人の子どもが遊んでいた。

「あっ、おねえちゃんっ」

その中の一人がこちらに気付いて、駆け寄ってくる。
祐巳はその子を優しく抱き止めた。

「マコちゃん、久しぶり。元気だった」
「うんっ」

祐巳に抱っこされているその子は、とても嬉しそうだった。
と、その時、じ〜っとこっちを見ている子どもの存在に気付いた。
取り合えず、笑いかけてみる。
しかし、慣れない事はするものではない。
引きつった笑顔になり、その子はびっくりして祐巳の陰に隠れてしまった。

「あ、そうだ、乃梨子ちゃん、紹介するよ。この子がマコちゃん。私の足に引っ付いているのがルナちゃん。
で、私を連れに来たのがヒュウ君で、じっと乃梨子ちゃんを見上げているのがモトキ君。
みんな、こっちのお姉さんは、二条乃梨子お姉ちゃん。今日は、乃梨子お姉ちゃんも一緒に遊んでくれるからね」

祐巳がそう言うと、八つの瞳が、一斉にじ〜っとこちらを向いた。

(あぁ、やっぱり私も遊ぶのか……)

ここまで来ておいて何を今更なのだが、実際に言われると尻込みしてしまう。

「ブランコしよう?」

ルナと呼ばれた子が、乃梨子の手を握った。
その手はとても小さくて、柔らかくて、暖かかった。

「こっち」

ルナは乃梨子をブランコの所へ連れて行こうと手を引いた。
その力は、乃梨子からしてみれば、僅かなもので、振り払うことも出来たし、その場から動かないということも出来た。
しかし、乃梨子は逆らうことなくついて行った。

「おしてっ」

ルナはブランコに座ると、そう言って乃梨子を振り返った。
乃梨子は言われた通りに、その小さな背中を押してやった。
すると、ある程度押してやると、足を上手く使って自分でも勢いをつけるようになった。
乃梨子は横でそれを見ながら、時々背中を押してやった。

暫くそうしていると、やがて満足したのか、足を地面につけ、少しずつ勢いを殺していった。
ブランコが完全に止まると、ルナはピョンッと跳び下り、再び乃梨子の手を取った。

「こんどはこっち」

次に、乃梨子は鉄棒の所まで連れて来られた。
ルナは、片足を鉄棒に掛けると右手を乃梨子に差し出してきた。

「もって」

言われた通りに持ってやると、ルナは乃梨子に体重を預けながら、上手に鉄棒に座った。
すると、今度は左手も差し出してくる。

「こっちも」

乃梨子は左手も持ってやる。
一見、手を持ってもらって、ただ座っているだけにも見えるが、ルナはそうやってバランスを取っている。

「あ……」

バランスが取りきれなかったのか、それともわざとなのか、ルナは鉄棒から降りた。
すると、再び鉄棒に足を掛け、乃梨子に手を持ってと言うのだった。

恐らく、こんなことは自分がやれば簡単に出来るし、やったって面白くないだろう。
それでも、ルナはそれだけの事を、一生懸命繰り返していた。
乃梨子はその姿をぼんやりと眺めていた。
その姿は、自分が今まで思ってきた子どもの姿と、何かが違った。

「ルナちゃん。優しいお姉さんに遊んでもらえていいね」

とそこへ、子ども達を連れて祐巳がやってきた。
男の子達は両サイドに。
マコちゃんと呼ばれていた子は肩車をしている。

「祐巳さま。それ、大丈夫なんですか?」

幾ら子どもでも、簡単に肩車出来る程軽くはないだろう。
しかし、祐巳は「少しなら平気だよ」と笑った。

「ルナちゃん、良かったね、遊んでもらって」

祐巳はそうルナに微笑んだ。
ルナはそれに、ただはにかんだ様な笑顔で応えた。

クイクイッ

「?」

何かに袖を引っ張られているのに気付き、そっちを見ると、モトキと呼ばれた男の子がいた。

「おれもかたぐるま」
「え?」

それは流石に遠慮したかったが、モトキはグイグイと手を引っ張って、乃梨子を座らせた。
そして、後ろに回ると、乃梨子の肩に跨った。

「たってっ」

そう言って、モトキはボンボンと乃梨子の頭を叩いた。

「あ〜、分かったから叩かないで」

仕方なく、乃梨子はそのまま立ち上がろうとした。
しかし……、

(重い……)

子どもとはいえ、肩車するとその子の体重がずっしりと肩や腰、足に圧し掛かる。

「わっ、乃梨子ちゃん、凄いっ」

祐巳が驚いたように歓声を上げた。

「モトキ君は重いから、私はいつも逃げてるんだよ。マコちゃんもあまり長くは出来ないし」

祐巳はそう、マコを降ろしながら言った。

「え?」
(それならそうと早く言って下さい)

早くも肩や腰が痛くなったので、乃梨子もさっさとモトキを降ろした。

「え〜、はやい」

肩車の時間が短いと、モトキは文句を言ったが、

「ごめん、肩が痛い」

と言って、それ以降は誰も肩車しなかった。

 

それから、みんなで鬼遊びやかくれんぼ等をして遊んだ。
その間、ルナはずっと乃梨子の手を握って離さなかった。
鬼遊びで、鬼から逃げる時も、かくれんぼで隠れる時もだ。

「すっかり気に入られちゃったね」

と同じく、ずっとマコと手を繋いでいる祐巳が笑った。

やがて、辺りが夕焼け色に染まり、何処からか『ゆうやけこやけ』が流れてきた。

「あっ、『ゆうやけこやけ』だ。じゃあ、みんなもう帰る時間だね」

祐巳がそう言うと、モトキが「え〜」とぶー垂れた。

「もう帰らないと、お母さんが心配するよ。美味しい晩御飯を作って、待ってるから。
それに、前遅くなって、家に入れてもらえなかったって言ってたでしょ?また入れてもらえなくなっちゃうよ?」
「う〜、じゃあ、またきてよ」
「うん、また今度ね」
「ぜったいな」
「うん、約束」

そう言って、祐巳は自分の小指をモトキのそれに絡めた。

「あ、おれもおれも」
「マコも」

すると、他の子達も、順番に祐巳と指切りをしていった。

くいくいっ

「?」

不意に、誰かに袖を引っ張られた。
ルナだった。
ルナだけ、祐巳の元ではなく、乃梨子のところにいた。

「なぁに?」

乃梨子は、初めに祐巳がしていたように、しゃがんでルナと目線を合わせた。

「えっと……」

ルナは初め、恥ずかしそうにモジモジしていたが、やがて、

「また、あそんで……?」

そう言って、小指を差し出してきた。

「うん、勿論」

乃梨子は不思議と、ルナがそう言うであろうことが予想がついていた。
だから、戸惑うことなく、ルナの小指に自分のそれを絡めた。
すると、ルナは満面の笑みで頷いた。

「ばいばーい」
「またね」

手を振りながら駆けていく子ども達に、祐巳と乃梨子も手を振り返した。

「ねぇ、乃梨子ちゃん。子どもも、結構可愛いでしょ?」

子ども達が見えなくなると、祐巳は下から乃梨子の顔を覗き込むようにして言った。

「そう、ですね……」

正直、子どもという存在に、あまりいい印象を持っていなかった。
しかし、一緒に遊んでみて分かった。
確かに、多少我侭なところもあった。
だが、それは寧ろ当然なこと。
そして、そんなことを気にさせない位、あの子達は可愛いかった。

「特に、ルナちゃんに懐かれてたね」
「そうですね」

最初から最後まで、ルナとはずっと一緒にいた気がする。

「あの子ね、三人兄妹の末っ子で、甘えん坊なの。今までも、本当はもっと私にも甘えたかったと思うの。
でも、他の子――特にマコちゃんなんて、私にべったりだから。そういうのがあって、自分を抑えてきたんだと思う
で、今日は乃梨子ちゃんが来てくれたから、甘えることが出来る相手ができて嬉しかったんだと思う」
「そうなんですか……」

(甘えることが出来れば、誰だっていいのか……)

そう思ったが、子どもとはそんなものなのかもしれない。
自分とルナは、今日初めて会ったのだから。

「乃梨子ちゃん、あまり子ども好きじゃないでしょ?」
「え?」

祐巳にそう言われて、ドキッとした。

「私が、ここに一緒に行くか聞いた時、あまりいい顔しなかったから」
「あ……」

どうやら、それで気付かれてしまったらしい。

「でも、それはきっと、乃梨子ちゃんが今まで子どもと関わってこなかったからだと思うの。
子どものことを知れば、乃梨子ちゃんも、きっと子どものことを好きになる。
そう思ったから、少し強引だったけど、乃梨子ちゃんを連れて来たんだ」
「そうだったんですか……」
「うん、ごめんね。無理に連れて来て」
「いいえ、構いません」

確かに、普段の祐巳に比べて、少し強引なところはあった。
しかし、別にそれは何とも思っていない。
今日この場所に来なければ、自分は子どもを嫌いなままだっただろうから。

「乃梨子ちゃん」

そっと手を握られ、乃梨子はドキッとして振り返った。

「今日のあの子達の笑顔、忘れないでね」

乃梨子はじっと祐巳の瞳を見つめた。
「あの笑顔を忘れないでさえいれば、子どもを好きでいられるから」
と何だかそんなふうに言われている気がした。

「はい」

だから、乃梨子は頷いた。
きっと、もう子どもが嫌いだと思うことはないだろう。
あの子達の笑顔が、今も瞳に焼きついているから。

「じゃあ、私達も帰ろうか」

祐巳は、そう言うと、そのまま乃梨子の手を引いた。

「あっ」

手を引かれて戸惑う乃梨子に、祐巳はそっと微笑んだ。

(今日は、手を引かれてばかりだな)

でも、それもいいか、と乃梨子は頬を緩めた。
ひとつの影が、後ろに長く伸びていた。

 

 

 

―――――――――――――――

あとがき

学校が休みになって、生活習慣が乱れてます。
御神楽 華音です。

今回は珍しく(?)祐巳と乃梨子がイチャラブしてませんね(笑)
私は子どもが好きです。
なので、その子どもの可愛さを表現できたらいいなぁ、なんて思ったんですけど、難しい……。
4人も出したのがいけなかったんでしょうか……。
もっと可愛く書けるように頑張ります。

今回出てきた子ども達は、一応モデルとなる子どもがいます。
それぞれ名前は、ヒュウガ君、モトキ君、マコトちゃん、ルナちゃんです。
ルナちゃんは若干性格変わってますけど……。
みんな今頃何してますやら。
会いたいですわ〜。

それでは、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
この話を読んで、少しでも、「子どもって可愛いかも」なんて思って頂けたのであれば、
それはまさに私にとって最上級の幸せで御座います。
では、またの機会がありますことを、お祈り申し上げます。


20060722 御神楽 華音

 

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