その日の全課程が終了することは、誰しもが望むことであろう。
それは、白薔薇さまである佐藤聖にもあてはまる。
放課後になると、彼女は足早に薔薇の館に向かった。

(前は理由をつけては逃げ回っていたのに、変われば変わるもんだなぁ)

自分のことなのに、何だか笑えた。
何に対しても無気力だった自分。
それを変えてしまったのは、ただの普通の女の子だった。

(あ、そうだっ!)

薔薇の館に着くと、、聖はあることを思い付いた。
いつも一番に来て、薔薇の館を掃除しているごんぎつねを、少し驚かせてやろうと思った。
聖は、古くなった階段を、音を立てないように、そ〜っと、そ〜っと上った。
そして、薄いビスケット扉に耳をつけると、中の様子を窺おうとした。
が……、

「あれ?」

中からは何も物音がしなかった。

「祐巳ちゃん、今日は来てないのか」

ここの扉は薄いので、中にいれば何らかの音は聞こえる筈だ。
聖は軽く落胆して、扉を開いた。

「あ……」

すると、そこには机につっぷして、安らかに寝息を立てる仔狸――もとい、祐巳がいた。

(なんだ、寝てたのか)

聖は祐巳にそっと近づくと、その髪を撫でた。
頭のてっぺんからなぞっていき、ピンク色のリボン、結われている髪に指を滑らせる。
愛おしい。
そう思った。
祐巳が、初めて初めて薔薇の館を訪れてから、まだそんなに時間は過ぎていない。
それでも、聖は直ぐに祐巳に惹かれた。
クルクルと変わる豊かな表情。
どこか抜けているくせに、芯はしっかりしている。
けれども、遠慮がちで押しに弱い。
そんな、強さと弱さを持つ少女を、いつの間にか目で追うようになっていた。
そうなると、もう目が離せなくなっていた。
きっと、これは恋なんだと思う。
こんな自分が恋だなんて、なんだか笑ってしまう。
しかし、祐巳のことが、誰よりも好きだということは事実だ。
冗談交じりに抱きついたりしているけど、その時、どんなに胸がドキドキしているか。
そんなことは、祐巳は知りもしないだろう。
本当は、もっとずっと、抱きしめていたい。
本当は、祐巳の唇を奪ってしまいたい。
そんなことを考えながら、聖は祐巳の唇をなぞった。

「んっ……」

その時、祐巳の唇が僅かに動いた。
柔らかな唇が、聖の指の上をモゾモゾと動く。
その瞬間、聖の中に、何か衝撃が走った。
ビクッと体を震わせ、唇から指を離した。
変わらず、祐巳は寝息を立てている。

「………………」

聖の心臓はバクバクと強く鳴っている。

(今なら……)

ここには二人しかいなくて、そして祐巳も眠っている。
ほんの一瞬、祐巳の唇に、自分のそれを触れさせても、気付かないのではないか。

聖は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
その音が、何だかやけにでかく感じた。
そっと、そっと祐巳に自分の顔を近づけていく。
(本当に、こんなことをしていいのか……)
そんなことを思っても、自分を止めることが出来ない。

ギシ……

ビクッ

テーブルに手を着いた時、それが耳障りな音を立てた。
聖の動きが止まる。
そして、

「んん〜……?」

祐巳が寝惚けた声を漏らし、次に、薄っすらとその瞳を開けた。

「えっ?」

目を覚ました祐巳に目に、最初に映ったのは、勿論、聖のアップ。

「せ、聖さまっ?」

祐巳は驚き、ガタッと音を立てて、椅子から立ち上がった。
聖は、内心、落胆と安堵という矛盾した感情を持ちながらも、平静を装った。

「あ〜ぁ、残念。もうちょっとだったのに」

そう言う聖に対して、祐巳は「はぁっ」と溜め息をついた。

「もう、何をする気だったんですか?」
「何って、勿論ちゅーだけど?」
「寝ている間になんて、趣味悪いですよ」

(あれ?)

ふと、聖は違和感を覚えた。
祐巳なら、ここで真っ赤になって狼狽えると思ったのだが……。

(若しかして、本気にされてない?)

そう思うと、何か心の中にモヤモヤとしたモノが生まれるのを感じた。

「あ、今お茶いれますね」

そう言って、祐巳は踵を返した。
咄嗟に、聖はその腕を掴んだ。

「?どうかしたんですか?」

と祐巳が不思議そうに振り返る。
しかし、その声は聖には聞こえていなかった。
無意識に、聖はそのまま体を抱きしめていた。
抱き寄せられる時も、腕の中にいる時も、祐巳は抵抗らしい抵抗をしなかった。

「聖さま……?」

祐巳の声で、聖はハッと我に返った。

「ご、ごめんっ」

慌てて、バッと祐巳を引き離す。

「どうしたんですか。いつもは不意をついて後ろからなのに?」

そう祐巳は、可笑しそうに、けれど、少し照れくさそうに、僅かに頬を赤らめて微笑んだ。
その笑顔が、あまりにもいつも通りなのに、聖は呆気に取られた

「じゃあ、お茶いれてきますね」

呆気に取られていた聖は、

「あ、うん……」

と生返事しか返すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから直ぐに、蓉子と江利子きて、聖は祐巳に抱きしめてしまったことについて、何も言えず仕舞いになってしまった。
それから、祥子、志摩子、令、由乃と集まり、いつもの薔薇の館の風景になった。
今は、やるべきことも片付いて、お茶会と称した雑談に、銘々花を咲かせている。
そんな中、聖は紅茶を飲みながら、ぼんやりと祐巳を眺めていた。
祐巳は、志摩子と由乃の一年生三人で、楽しそうに話をしている。
その様子から、変わったところは見られない。
そんな祐巳を見ていると、段々と腹が立ってきた。

今、自分はこんなにもモヤモヤとした気持ちを抱えているのに。
それなのに、祐巳は何も無かったかのように笑っている。
抱きしめた直後もそうだった。
せめて、少しでも、狼狽えてでもしてくれたら。
自分は、またそれをからかって、いつもの自分に戻れたのに……。

(私のことなんて、どうでもいいんだ……)

つまりは、そういうことなのだろう……。
確かに、顔は少し赤かったが、それは単に、いきなりで驚いただけだ。
誰がやっても同じだった筈だ。
きっと……。

いつもは心が和むはずの祐巳の笑顔が、やけに癪にさわった。
聖は立ち上がると、祐巳の手を掴んだ。

「聖さま?」

不思議そうに自分を見上げてくる祐巳。
そうだ。
自分は、祐巳にもっと自分のことを見て欲しいんだ。
もっともっと、その瞳に自分を映して欲しいんだ。

「来て」

聖は力強く祐巳を引くと、薔薇の館を飛び出した。

「聖っ?」

蓉子が驚き、声を上げたが、聖の耳には入っていなかった。

 

 

 

 

 

聖は、祐巳を連れて温室を訪れていた。
栞のことがあって、ここから遠ざかっていたが、結局、自分はここに戻ってきてしまった。

「聖さま……?あの…ちょっと、痛いです……」

息を切らせ、祐巳がそう身を捩る。
しかし、聖は構わず祐巳に詰め寄った。

「どうして、君はそんなに平気そうな顔をしているんだ?どうして、何も無かったように振舞えるんだ?
私は、こんなにも胸が張り裂けそうなのに、どうして君は笑っていられるんだ?どうして?」
「聖、さま……?」
「もっと私を見てよ。私は、ずっと君を見ているんだ」

決壊した感情は、もう止まらない。
聖は祐巳の細い肩を掴んで、強く揺すった。

「聖さま。い、イタっ……」

それに対して、祐巳は顔を歪めて、身を捩った。
それすらも、今の聖には癪だった。
聖は、そのまま祐巳を押し倒して、強引に唇を奪った。

「好きなんだ……」

ぽそっと漏らしたその言葉と共に、目からは涙が溢れてきた。
それは、あっという間に目から零れて、祐巳の制服を濡らした。

「好きなんだよ……」

それから、聖は祐巳の胸に顔を埋めて、嗚咽を漏らして泣いた。

「聖さま……」
「え……?」

聖は驚き、目を見開いた。
何故なら、祐巳がそっと自分の頭を抱いてくれたからだ。

「私も、聖さまのこと、好きですよ」
「え?」

そして、更に驚いたことに、祐巳も自分のことが好きだと言う。

「だから、嬉しかったです。正面から、抱きしめてもらえたから。でも、自信がなかったんです。
聖さまの気持ちが分からなかったから。だから、いつもと同じ様に振舞おうって思いました。
けど、それが逆に、聖さまを傷付けていたんですね。ごめんなさい……」
「ち、違うよっ!」

祐巳の言葉で、すっかり頭が冷えた聖は、逆に慌てた。

「私が、いつもふざけてたから。だから、本気にとってもらえなかったんだ。祐巳ちゃんが悪いんじゃない」

聖は体を起こすと、祐巳が立ち上がるのに手を貸した。

「ごめん。その…あんな、無理やり……」

先程の自分の行為が恥ずかしくて、つい口篭る。
祐巳はそんな聖を見て、クスッと笑った。

「そうですね。ファーストキスだったんですよ」
「あ、ぅ……」

返す言葉も無かった。

「私は、拒んだりしませんから。ねっ」

そう祐巳が寄り添い、聖を見上げる。

「うん」

聖はそんな祐巳の肩に手を置くと、ゆっくりと顔を近づけた。
さっきは、順番も、祐巳の気持ちも、何もかも滅茶苦茶だった。
だから、

「好きだよ、祐巳ちゃん」
「私もです」
「ちゃんと言って欲しいな」

そんな子どもっぽい我侭に祐巳はクスッと笑う。

「好きです、聖さま」

そして、二人は唇を重ねた。

これが、二人のファーストキス―――

 

 

 

 

―――――――――――――――

<あとがき>

どうも。
如何でしたでしょうか?
初の祐巳×聖のお話。
すっごく久しぶりにシリアスシーンを入れました。
ただイチャイチャしている短い話も好きですが、シリアス→ハッピーエンドという展開も、やはり書いてて楽しいです。

繰り返しますが、初の祐巳×聖。
今まで祐巳が好きでも、他の人に取られちゃってた聖ですが、今回やっと祐巳と結ばれることが出来ました(笑)
ごめんよ〜、今まで引き立て役で。

さて、ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。
今回の話は楽しんで頂けましたでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたのであれば、それは私にとっての幸いであります。
では、またの機会に。


20061113 御神楽 華音

 

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