先週買ったお菓子の雑誌は何度も読み返した。
必要な物も全て揃えた。
後は作るだけ。
そう、作るだけなのだ。
私はまず買ってきたチョコレートを砕き始めた。
作ろうとしているのは生チョコだ。
初心者の私には、少し難易度が高いとも思ったが、挑戦してみることにした。
あの人なら、きっとただ店で買った物でも喜んでくれるだろう。
けど、それでは私が納得できない。
あの人と同じ、リリアンに入学して初めてのバレンタイン・デーだから。
日頃の感謝を、少しでも形にしてみたいのだ。
次に、生クリームを鍋に入れて、火にかける。
(えっと……。煮立ってきたら砕いたチョコを加える、か……)
私は火が強過ぎないように注意し、ジッと鍋を見ていた。
(あの人は、どんな顔するかな?)
きっと、キョトンとした後、蕩けるような笑顔を浮かべるだろう。
チョコレートのような。
その笑顔が早く見たい。
その為には、このチョコをきちんと完成させないと!
「乃梨子ちゃん?」
その声にギクッとした。
知られたくないから、寝たのを確認して作り始めたのに……。
どうして起きてくるのだろうか、この人は……。
その人は、私がチョコを作っていることを一発で見破ると (まぁ明日はバレンタインだからね……) 爛々と顔を輝かせた。
「若しかして、チョコレート作ってるの?
わぁ、乃梨子ちゃんも、とうとうそんな女の子らしいことに目覚めたんだぁ。
仏像観賞が趣味の高校生活なんて淋しいもんね。それで、誰にあげるの?
まだお姉さまはいなかったよね。
じゃあ、同級生? それとも、隣の花寺の男子生徒?
ねぇねぇ、誰なの?」
「もう、うるさいなぁ。誰だっていいでしょ。ジャマしないで。母さんはさっさと寝て」
パジャマ姿の母さんを、グイグイ押して廊下に追いやる。
「え〜、そんな〜。手伝ってあげるよ?」
「一人で大丈夫だからっ」
母さんは不満そうにしていたが、自分一人で納得してしまうと、ニヤニヤと私を見た。
「そっかそっか。私がいたら『LOVE』とか書けないもんね」
「はぁ?」
何を言ってるのだろうか?
「そかそか。じゃあ、ちょっぴり残念だけど、私はもう寝るよ。頑張ってね、乃梨子ちゃん」
「う、うん……」
何だか勝手に勘違いをしているようだけど、さっさと寝てくれるならそれにこしたことはない。
「あぁ、子どもはこうやって親離れしていくんだねぇ……」
何だか一人でブツブツ言ってるが、取り合えずスルーした。
早く寝てほしいし。
「じゃあ、おやすみ、乃梨子ちゃん。頑張って。助けが必要なら何時でも起こしてくれていいからね」
「うん。絶対に起こさないけど、ありがとう、と言っておくよ」
「むぅ、イジワルだ……」
「親ってこうやって煙たがられていくのかなぁ……」なんてことを言いながら、母さんは寝室に帰っていった。
やれやれと、私はひとつ溜め息を吐いた。
手伝いなんて、頼める筈もない。
なにしろ、これは母さんにあげる為のチョコなのだから。
私には、父親の記憶が無い。
私がまだ赤ちゃんだった頃、事故で死んでしまったらしい。
それから母さんは、女手ひとつで、私を育ててくれた。
きっと楽ではなかっただろう。
それでも、母さんはいつも私に優しくしてくれたし、我侭だって聞いてくれた。
母さんには、どれだけ感謝の言葉を並べてみても、足りない。
それで物、という訳ではない。
ただ、私のこの思いを形にしたかったのだ。
だから、このチョコレートを送ろう。
ありったけの感謝の思いを込めて。
「出来た……」
日付が変わって1時間。
終にチョコレートが完成した。
雑誌には簡単そうに書いてあったが、やはり実際に作ってみると難しかった。
くたびれ果てた私は、散らかったままのテーブルにグデ〜っと突っ伏した。
だが、苦労した甲斐あって、結構良い者が作れたと思う。
私は余分に作ったチョコを、ひとつ口に運んだ。
口一杯に広がる、チョコレートの甘味が、疲れた体を癒やしてくれた。
尤も、私にとっては少しばかり甘すぎるが……。
それでも、甘党の母さんには、これ位が丁度良いのだ。
私は出来上がったチョコレートを、可愛いグラシンに乗せて、箱に入れた。
それに紅いリボンを付けて、出来上がりだ。
母さんがリリアンに通っていた頃の、薔薇の色だ。
「早く朝にならないかな」
渡した時に、母さんがどんな顔をするのか。
想像しながら、私は片付けを始めた。
「おはよう、乃梨子ちゃん」
次の日、私が起きるともう母さんは起きて、朝ご飯も出来ていた。
それで今は私のお弁当を作ってくれている。
それは、いつもの光景。
「おはよう、母さん」
私も、いつものように挨拶を返す。
昨日、遅くまでチョコを作っていた所為で寝不足だ……。
まだ眠い……。
「乃梨子ちゃん。昨日は上手く作れた?」
母さんは私にみそ汁を入れてくれると、それを私の前に置き、ニヤニヤと訊ねた。
「うん、出来たよ」
私がそう言うと、母さんはワクワクしながら、
「ねぇ、見せて見せて」
とせがんだ。
まるで子どものようだ、と私は苦笑する。
尤も、そんなところも母さんの魅力のひとつなのだけれど。
私は用意しておいたチョコを母さんに差し出した。
それを見た母さんは、
「え〜、もう包んじゃったの? これじゃ見れないよ」
と残念そうに溜め息を吐いた。
(そんなに残念そうにすることないのに)と次は私が笑いながら、
「開けていいよ」
と促す。
「え?」
案の定、母さんは目をパチクリと瞬かせた。
「母さん、いつもありがとう」
「え、え?」
「このチョコレートは、母さんの為に作ったんだよ」
「えぇぇぇぇぇぇっっ?」
大声を上げて驚いてくれた母さんに、私は、
(ナイスリアクションッ)
と心の中でガッツポーズした。
「え、だって、折角作ったのに、私? だってほら、学校とかにさ、もっと……」
いつもは頼りになる母さんだが、偶に…いや結構
(?) こんなふうにアタフタすることがある。
そんな母さんに苦笑しつつも、私は母さんにもう一度チョコを差し出す。
「そうだよ、折角作ったんだから、受け取ってよ」
「………………」
母さんは、それをオズオズと受け取ると、大事そうに胸に抱えた。
そして、
「ふえぇぇぇぇっっ」
「えぇっ?」
何故か泣き出してしまった。
今度は私が慌てる番だった。
「ちょ、ちょっと母さん、何で泣くの?」
ボロボロと涙を流す母さんに近寄って、そっと背中を撫でた。
すると、
「乃梨子ぢゃんっ!」
「うわっ」
いきなり抱き締められた。
「ありがとう。ありがとう、乃梨子ちゃん」
「うん、分かったから、泣き止んでよ。大の大人が、みっともないよ?」
「うん。ごめんね」
口ではそう言っても、母さんは一層私を強く抱き締めて、放そうとしなかった。
仕方がないので、私も母さんの背中に手を回して、ポンポンッと摩った。
「パパ〜。乃梨子ちゃんは、こんなに良い子に育ってくれたよ〜」
母さんは、そう父さんの仏壇がある方へ叫んだ。
ってそんなこと今までやったこと無かったのに?
「乃梨子ちゃん〜。大好きだよ〜」
そして母さんは、私をギュッとして叫んだ。
叫んでばかりで近所迷惑じゃないかとも思ったが、今日くらいはいいかと思った。
「私も」
母さんの胸の中で、そっと呟いた。
「いってきますっ」
「いってらっしゃいっ」
手を振る愛娘に向かって、自分も大きく手を振って見送る。
キッチンに帰ると、祐巳は先程乃梨子に貰ったチョコを手に取った。
祐巳はさっき、それを貰って直ぐにひとつ食べた。
「おいしい」と言ったら、乃梨子は照れくさそうに微笑んだ。
祐巳はもうひとつそれを口に運んだ。
チョコの甘さと、娘のくれた優しさが、口一杯に広がった。
――Happy Valentine
あなたにも、幸せが舞い降りますように――
―――――――――――――――――――
<あとがき>
出来た〜。バレンタインSS!
折角バレンタインなのだから、バレンタインのSSを書きたいな〜、と思っていましたが、
なかなか良い話が浮かんできませんでした。
で、やっと今日思い浮かんだのがこれ。
間に合って良かったです。去年は日付が変わっちゃってたからなぁ……。
そんなこんなで、「優しさチョコレート」如何でしたでしょうか?
今回は祐巳と乃梨子が親子ということで、新たな試みでした。
楽しんで頂けたら良いなぁと思っております。
さて、ここまで読んで頂きありがとうございました。
楽しんで頂けたのであれば、それは私にとって最上級の幸福であります。
それでは、またの機会がありますことをお祈り申し上げます。
20070214 御神楽 華音
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