「さようなら……」
目の前の人は、悲しそうに目を伏せた。
――え? ちょっと待ってよっ。
しかし、それは声にはならない。
だんだんと遠ざかっていくその人を、私はただ見てるだけ。
――ねぇ、待ってよ。お願い、置いていかないでっ。
必死になって叫ぶ私。
けれど、どんなに足掻いたって、声は出なかった。
――ひとりにしないでっ。
「祐巳っ」
やっと声になったと思えば、そこは真っ暗。
見渡してみると、見慣れた自分の部屋だった。
「夢かぁ……」
私は、ホッと安心すると、時計を確認した。
夜中の3時。
当然、起きるにはまだ早い。
私は、やれやれと髪を掻き揚げた。
そこはジットリと汗ばんでいて、髪が額にはり付いていた。
そこだけでなく、体全体、汗でびっしょりだ。
さすがに、これでは気持ち悪くて眠れない。
私は、着替えようとベットから抜け出た。
すると、私は汗だけでなく、涙まで流していたことに気付いた。
(ただの夢なのに……)
ただの夢で泣いてしまった自分が、酷く可笑しく感じた。
私は、その涙を服で拭う。
結構な量の汗で、下着も変えないとダメっぽい。
仕方がないので、私はシャワーを浴びることにした。
(それで目が覚めて寝れなくなったらどうしよう……)
しかし、このままでは気持ち悪くてどの道眠れそうにない。
全く、嫌な夢を見たものだ……。
私は、シャワーを浴びながら、さっき見た夢について考えた。
あんな夢、ありえない。
だって、もう付き合い始めて一年になるんだ。
絶対に、ありえない……。
そう思っても、何故か心のモヤモヤは晴れなかった。
朝。
私はいつもより早く家を出て、祐巳の家に向かった。
本当は逆方向だけど、どうしても早く会いたかった。
祐巳の家に着き、私は呼び鈴を鳴らすかどうか躊躇した。
(祐巳が出てくるまで待とう……)
本当はすぐにでも会いたい…顔が見たかったけど、でも、今日ここに来ることは言ってないし。
私の都合で、まだ準備が出来ていない祐巳を急かすことは出来ない。
だから、私は壁にもたれて、祐巳を待つことにした。
何もしていないと、浮かんでくるのは、やっぱり夢のこと。
もし…いや、ありえないとは思うけど、仮に?あの夢が本当になったら……。
きっと私は、後悔しかしない……。
もっと好きだって、言えばよかったとか……。
もっと、祐巳の為に、何か出来たんじゃないかとか……。
きっと、そんなことで頭がいっぱいになるんだ……。
そして、祐巳を幸せにしてあげられなかったんだって、自分を責めるだろうな……。
「あ……」
どれくらい、そうやって考え事をしていただろうか。
扉が開き、そこから出てきたのは祐巳ではなく、弟の祐麒君だった。
「あれ、二条さん?」
祐巳と付き合うようになり、家に遊びに行くこともあった。
祐麒君とも何度も会っているが、こんな朝に訊ねてきたことがなかったので、彼は首を傾げた。
「どうしたの。今日は、一緒に行く約束してるとか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
言葉を濁す私に、祐麒君は怪訝そうな顔をしたが、特に気にする様子もなく、
「おーい、祐巳っ。彼女が待ってるぞー」
と家の中へ呼び掛けた。
「じゃあ、俺は先に行くから」
そして、役目は終わったとばかりに、さっさとその場を去ってしまった。
「何よ、祐麒。彼女って……」
一方、祐麒君に呼ばれた祐巳が、面倒臭そうに顔を出す。
「あれ、乃梨子ちゃん?」
とさっきの祐麒君と同じ様に首を傾げた。
その仕草はよく似ていて、さすが姉弟だなと感心させられる。
「どうしたの、こんな朝から?」
「え、あの……」
そう聞かれても、
「変な夢を見て、不安になったから会いに来た」
なんて言えない……。
「いや、たまたま早く目が覚めたから、偶には、祐巳と一緒に学校に行くのもいいかなぁ、と……」
結局、当たり障りない理由で誤魔化した。
祐巳も、それほど深く追求せず、
「ふぅん、そうなんだ。ちょっと待っててね。鞄取ってくるから」
と祐巳は一旦家に入ると、すぐに鞄を持って出てきた。
「お待たせ。行こうか」
と先に立って歩き出す。
私はその一歩後ろから付いて行った。
そして、
「?」
祐巳の手をそっと握った。
本当は、顔を見た瞬間、抱きつきたい衝動に駆られたけど、さすがにそれは我慢した。
それをやると、絶対に何かあったのかと心配されるから。
手を繋ぐだけなら、ただ甘えてるんだろうと解釈されるだろう。
何しろ、二人っきりの時はいつも甘えてるし。
って自慢にならないな……。
「変な乃梨子ちゃん」
祐巳は、そんな私に苦笑すると、そっと手を握り返してくれた。
手から伝わってくる、祐巳の温もりに、胸がトクントクンと高鳴っていくのを感じた。
この温もりを無くしたくないと、強く思った。
だから、自然と手に力を込めたことに、この時は気付いていなかった……。
「乃梨子ちゃん。まだ時間あるから、薔薇の館に寄っていこうか?」
リリアンに着いて、時計を確認すると、祐巳はそう私に提案した。
祐巳と一緒にいられるのならと、私はすぐに頷いた。
「乃梨子ちゃん。そこに座って」
「え? うん……」
祐巳は私を椅子に座らせると、その正面に立った。
何だろう? と不思議そうに見上げる私を、
「あ……」
祐巳は私を抱き寄せ、その胸元で私の頭を抱えた。
そして、私の耳元で、優しく語り掛けてくる。
「どうしたの?」
と……。
「何かあったんでしょ? 突然私の家に着たりして。家を出てからも、私の手を握ってくるし。それに、いつもより力入ってたよ、手」
そうだったのか、と内心舌打ちをした。
普通に手を繋いだつもりだったのに、どうやら力が入っていたらしい。
そんな些細な変化を、祐巳は見逃さずに気付いてくれた。
それは嬉しかったが、まさか夢のことを話すわけにはいかない。
というか、恥ずかしい……。
「私には話せないこと?」
黙っている私に、祐巳はそう尋ねた。
そう言われると辛い。
黙っている理由が、ただ恥ずかしいというだけなのだから。
いや、だって夢だし……。
「その、笑わない……?」
結局、話すことにした。
恥ずかしいということよりも、黙っていて祐巳に心配をかけてしまうことの方が嫌だったから。
「笑わない」
「あのね、夢を見たの……」
「そっか。それで、不安になって私に会いに来たんだ」
「うん……」
祐巳は、黙ってジッと私の話を聞いてくれた。
「大丈夫だよ。私は、ここにいるから」
そう言うと、さっきみたいに、私の頭をそっと胸元に抱き寄せた。
祐巳の温もりと、胸の鼓動が心地良かった。
それこそ、夢の中にいるようだった。
「あのね。夢を見た後、不安になったのもあるけど、一番強かったのは、悔しい、だったんだ」
「悔しい?」
「うん。私じゃ、祐巳を幸せにしてあげられなかったんだって……。私、祐巳に幸せだって感じて欲しいから……」
そう言う私に、祐巳はクスッと笑うと、私の耳元でそっと囁いた。
「私は、幸せだよ」
「祐巳?」
「幸せに決まってるでしょ? 好きな人と、こうして一緒にいられるんだから」
「本当? じゃあ、これからも一緒にいてくれる?」
「勿論」
私は嬉しくて、祐巳の体に腕を回し、ギュッと抱きしめた。
祐巳が好き。
祐巳と、ずっと一緒にいたい。
祐巳に、幸せだと感じて欲しい。
祐巳の笑顔が見れるのなら、何だってする。
祐巳の為に、私は愛を送る。
だから、ずっと一緒にいようね、祐巳――
――――――――――――――――
<あとがき>
甘いラブな話を最近書いてない?
と思い、自分のHPを見た結果、去年の11月29日に「habit」を書いたのが最後となっていました。
「不良少女白書」はどちらかと言えば、友情物?って感じですし、バレンタインに書いた、
「優しさチョコレート」は親子設定でしたから、まぁ親子愛ですか?
今書いてる「リリアン女学園バスケットボール部」は、タイトルのまんまバスケSSですからねぇ。
そんなこんなで、約11ヶ月ぶりのラブなSSでしたが、如何でしたでしょうか?
このSSは、「やなわらばー」という沖縄出身の女性デュオが歌う、「夢を見た」がモデルとなってます。
夢を見たことで、不安になってしまう乙女心を表現できていればいいなぁと思います。
さて、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
楽しんで頂けたら、それは私にとっての幸いで御座います。
では、またの機会がありますことをお祈り申し上げます。
20071012 御神楽 華音
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