《プロローグ―分岐―》

 

「アレルヤ」

鳴海歩は受け取った鍵で爆弾を解除すると、その場にへたり込んだ。

「二度と、こんなことしねぇからな」

そう微笑んだ歩の表情は、清隆のそれによく似ていた。
だが、似ているだけで、清隆の物とは別物だということにも、竹内理緒は気付いていた。
清隆に似ている。
しかし、似ているだけで、清隆には永遠に敵わない存在。
理緒は、歩の事をそう思っていた。
だが、今この時、やっと分かった。
清隆が言っていたこと。
歩が、『ブレード・チルドレン』を救いえる可能性を持っているということ。
それは、今なら信じる事ができる。
なのに……

「俺には無理だよ」

どうして……

「兄貴にでも頼むんだな」
「どうして、そんなことを言うんですか?どうして、もっと自分を信じられないんですか?あなたは勝ったんですよ。
もっと、心を強くもって下さい。もっと、自分の力を信じて下さい。でないと、その力が可哀想です……」

いつの間にか、理緒の目からは涙が溢れていた。

「自分ほど、信じられない存在はないさ。俺は、兄貴に全てを奪われた、情けない負け犬さ」
「それでも……」

急に意識が遠のいた。
傷がズキズキと痛む。

(信じてください。あなたなら、清隆様の行けないところへ、きっと行けます。だから……)

理緒の意識は、深い闇へと落ちて行った。

 

 

 

《お見舞い》

 

コンコン

「どうぞ。開いてますよ」

相手がそう言ったのを確認すると、歩は扉を開けた。

「よぉ」
「あっ、弟さん」

病室に入ると、理緒は悪戦苦闘しながら知恵の輪を解いていたが、入ってきたのが歩と分かると、パアッと顔を輝かせた。

「どうだ、具合の方は?」
「ええ。もう殆んど傷も塞がりました」
「そうか。そいつはなによりだな」

理緒はあの時の件で傷が開き、退院が延びてしまった。
そしてそれ以来、歩はよく理緒の病院に足を運ぶようになった。
ハッキリとした理由は分からない。
ただ、理緒が病院に運ばれていくのを見て、歩は思ったのだ。
どうして、このコがこんな目に遭うのか。
勝負を持ち掛けたのは自分だ。
だから、自分にも責任がある。
だが、それ以前に、どうしてこのコがこんな運命を背負わなければならないのだろうか。
どうして、身を守る為とはいえ、自分の手を赤く染めなければならないのか。
もっと普通に、笑ったり、泣いたりしていいはずだ。
だからなのであろうか。
もっと、理緒の傍にいたいと思ったのは。
自分は無力だ。
そんなことは分かっている。
何の力も無い。
兄にも勝てない。
だが……

―もっと、心を強くもって下さい。

あの言葉は、少しだけ心に響いた。
だから、自分も理緒に何かしてやりたい。
そう思ったのだ。

「リンゴ買ってきたんだが、食うか?」
「はい、頂きます」

歩はビニールの中からりんごを一つ取り出して理緒に渡した。

「…………………………」

理緒はそれを受け取ると、ジ〜っとそれをみつめた。

「食べないのか?」
「このまま食べろって言うんですか?切って下さいよ」
「生憎、その道具が無い」
「あぁ、それならありますよ」

そう言って、理緒は枕の下から果物ナイフを取り出した。

「はい、お願いしますね」

と、満面の笑みでナイフを渡される。

「何故そんなところから……」

果物ナイフが置いてある事は別に不思議ではないが、何故枕の下から出てくるのだろうか?

「護身用です」
「護身用?」
「はい。他にスタンガンや銃もありますよ」

理緒はそれらを、ナイフと同じように枕の下から取り出してみせる。

「出すな出すな」

いくら護身用といっても、病院内にこんな物を持ち込んでいいものだろうか?

「って、いいわけないだろっ」

歩は自分の考えに一人でつっこみを入れた。

「ほえ?」
「キャラが違う……」

 

それから歩がりんごを剥き、それを二人で食べながら、他愛もない話をして過ごした。

「さて、そろそろ帰るか」

時計を見ると、随分話をしていたことが分かる。
そろそろ夕飯の支度をしないと、姉のまどかが煩そうだ。

「じゃあ、またな」
「はい。今日はありがとうございました」

ひらひらと手を振る理緒に軽く手をあげ、病室から出ようとしたが、

「弟さん」

と、理緒に呼び止められた。

「なんだ?」
「もっと、自分に自信を持って下さいね」

数日前に言った言葉を、理緒は再び口にした。
あの戦いの中で、理緒は確信した。
歩は、清隆が行けない場所に行ける、と。
今や理緒にとって、鳴海歩という存在は、希望であり、そして……。

「俺は……」

自分を信じる。
今まで自分を信じた事など無い歩にとって、これほど難しい事は無い。
理緒の為に何かしてやりたいとは思う。
だが……。

(できるのか、俺に?そんな事が……)

「俺は……」
「私は信じてます」
「え?」
「私は、弟さんの事を信じています。だから、弟さんもほんの少しでいいから、自分を信じて下さい」

歩は理緒を見つめた。
その猫のような瞳には、自分が映っていた。

「努力はするよ」
「はいっ」

歩がそう言うと、理緒は満面の笑みで頷いた。

「それから、弟さん」
「なんだ?」
「次のお見舞い品は、網目模様のメロンがいいです」
「アイズに頼め」
「うぐぅ。いじわる」
「またキャラが違うぞ。しかも声が一緒なんだから紛らわしいだろ」
「じゃあ、退院したら何処かに連れて行って下さい」
「あ?あぁ、それならいいが……」
「本当ですか?約束ですよ」
「あぁ」
「うわぁ、楽しみだなぁ」

理緒は言葉通り、本当に楽しそうに笑っていた。
「何処かに連れて行って下さい」この言葉の意味する事も知らずに、歩はただ理緒の笑顔を眺めていた。

 

 

 

 

 

《デート》

 

「遅い……」

朱鞠駅にて、歩は人を待っていた。
だが、約束の時間を過ぎてもその人物は現れない。

「弟さん。遊園地に連れて行って下さい」

そう理緒に言われたのが昨日。
特に予定も無かったし、退院したら何処かに連れて行くと約束していたので、歩はオーケーした。
が、その誘った相手が現れない。
歩は腕時計に目を落とした。
約束の時間から丁度三〇分過ぎたところだった。
電話をしようにも番号を知らないし、かといって、迎えに行くとなれば行き違いになる恐れがある。
結局、歩には待つしか手段がなかった。

「弟さんっ」

それから更に一〇分、待ち人が漸く現れた。
一五〇にも満たない身長に、入院中は下ろしていた長い髪を、今日は左右に高く結んでいる。
所謂、ツインテールとゆうやつだ。
小学生にも見えなくはない容姿をしているが、これでも歩より年上である。
走ってきたのか、息切れをし、額に薄っすら汗が浮かんでいる。

「ご、ごめんなさい。遅れちゃって……」

歩は少し安心し、溜め息をついた。
もしかしたら、何か事故にでも遭ったのかと心配になっていたのだ。

「あの、怒ってます?」

理緒は下から覗き込むようにして、(いや、実際そうなのだが……)おずおずと尋ねた。

「別に。雪の中で二時間待たされて、それでいて全く悪びれず、お詫びの品が缶コーヒー一本で済まされるよりはマシだ」
「螺旋ファンでそのネタが解る人が何人いるのやら……」
「さぁな。まぁ、怒ってないのは本当だ。気にするな」
「すいません。私から誘ったのに」
「いいさ。何事も無かったのならな」
「えっ?」

歩の言葉に、理緒は少し意外そうに歩をみつめた。

「何だ?」
「もしかして、心配してくれてたんですか?」
「なっ」

歩はしまったと思った。

「別に、そんなんじゃない」

誤魔化してはみたが、恐らく無駄であろう。
その証拠に、理緒はニコニコと微笑み、歩を見上げていた。

「ありがとうございます。ちょっぴり、嬉しいです」

そう言った理緒の頬は、ほんのり赤くなっていた。

「さっさと行くぞ」

対して、歩の顔は真っ赤だ。

「はいっ」

そして、満面の笑みで、理緒が追う。

「でも、私には心配してもらう資格なんてないんですよ」

その時、理緒は一瞬顔を曇らせた。

「ん?何か言ったか?」

だが、本当に一瞬だったので、歩はそれを見逃した。

「いいえ、何も」

理緒はパタパタと駆けて行き、歩を追い越した。
その際に、歩の手を握った。

「早く行きましょう。予定と随分遅れちゃいましたから」
「あんたの所為だろ」

歩の言葉に、理緒は苦笑した。

 

 

「うぅ〜、遊園地だぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」
「そんなにはしゃぐな、恥ずかしい」

歩は呆れて溜め息をついた。
周りからクスクスという笑い声が聞こえてくる。

「弟さん。あれ乗りましょう、あれ」

そう言って理緒が指差したのは、遊園地の定番とも言える、ジェットコースターだった。
はっきり言って、歩はあまり好きではない。
だが、

「弟さん。早く、早くっ」

理緒のこの笑顔を見ると、嫌とは言えなかった。

「……………………………」
「……………………………」

お約束のように、二人は先頭にいた。
二人はお互い黙っているが、その表情は対照的だ。
歩の方は固く強張っている。
それに対して理緒はワクワクとしている、といった感じだ。
やがて頂上に到達し、そして、世界が歪んだ。(歩視点では)

「キャアァァァァァァァァァァァッッッ」
理緒が悲鳴のような笑い声をあげる。
勿論顔は笑っている。
一方の歩は……固まっていた。

「面白かったですねぇ」
「あぁ…そうだな……」
(死ぬかと思った……)
「弟さん。次はあれにしましょう」

そう言って理緒が指差したのは……再び絶叫マシーンだった。

「マジか……?」

溜め息が出た。

 

「弟さん、大丈夫ですか?」

理緒が心配そうに顔を覗き込む。
あれから、絶叫マシーンのオンパレードにより、歩は遂に根を上げた。
今はベンチでグッタリしている。

「まぁ、なんとかな……」
「それじゃあ、休憩ってことで、お昼にしませんか?私、お弁当作ってきたんです。その所為で遅れちゃったんですけどね」

理緒はテヘヘっと恥ずかしそうに笑った。

「そうだな、そうするか」

そこそこにお腹も減っていたので、反対する理由はなかった。

「しかし、料理できたんだな」

少し意外だった。
はっきり言って、ぶきっちょそうだ。

「刺しますよ」

と、理緒にニッコリと睨まれる。

「まぁ、冗談だ」

爆弾を作れるのだから、意外に器用なのかもしれない。

「今、凄く失礼なこと考えてませんでしたか?」
「気のせいだ」
「む〜、ほんとかなぁ?」

二人は近くにあった芝生に腰を下ろして、お弁当を広げた。

「どうぞ」

理緒はバスケットの中から大き目のお弁当箱を取り出した。
その中には、おにぎりやダシ巻き卵、唐揚げなど定番ともいえるメニューが並んでいた。

「普通だ」

見た目も悪くない。

「何がですか?」
「いや、何でもない」

あまり余計な事を言うと、ストリキニーネでも盛られかねない。
歩はありがたく頂戴することにした。

「じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」

歩はまずダシ巻き卵食べてみた。

「…………………………………甘」

それは何故か途轍もなく甘かった。

「なぁ」
「はい?」
「味見したか?」
「えぇ、しましたよ」

では、これは塩と砂糖を間違えたわけではないようだ。

「なんでこんなに甘いんだ?」
「甘い方が美味しいじゃないですか。あっ、もしかして、甘いのはお嫌いですか?」
「いや、そうゆうわけじゃ……」

確かに、甘い物は嫌いではない。どちらかと言えば好きな部類に入る。だが、これは異常だ。

「某ゲームの練乳ワッフルのようだ」
「だから、そんなネタ誰も分かりませんって。しかも酷いです」
「お茶、貰えるか?」

口の中が甘ったるくてしょうがない。
今なら激カラムーチョも平気で食べれそうだ。

「はい、どうぞ」

理緒が魔法ビンからお茶を注ぎ、渡してくれる。

(これも甘いんじゃ……)

そんな不安が頭を過ぎったが、飲んでみるとそれは普通の麦茶だった。
冷たいお茶が甘ったるくなった口に心地良い。

「あの……」
「ん?」
「もしかしなくても、美味しくないですか?」

そう、おずおずと聞いてくる。
そういえば、何も言ってなかったなと思い、歩は言った。

「十点」
「何点満点ですか?」
「百点」
「はうぅ〜、それって全然駄目って事じゃないですかぁ〜」
「甘い卵焼きは勘弁してくれ」
「じゃあ他のを食べてみてください。こっちの唐揚は自信あります」
「油じゃなくて砂糖で揚げたりしなかったか?」
「しません。ってゆうか、揚がりませんよ、それじゃあ」
「そりゃそうだ」

歩は苦笑しながら唐揚げを頬張った。

「んっ」
「……………………」
「あぁ、確かにこれは旨いな」
「本当ですか?」
「あぁ」

嘘ではない。これは本当に美味しかった。

「よかったぁ」

理緒はほうっと胸を撫で下ろした。

「あんたも見てばっかりじゃなくて食べたらどうだ?あんたが作ったんだから」

歩は苦笑して言う。

「あ、はい。そうですね」

頷いて、あの甘いダシ巻き卵に箸を伸ばす。
そして、躊躇いもせず、それを口に運んだ。

「……………………」

歩はそれを唖然としてみつめた。

「甘くないのか?」
「甘いですよ。だから美味しいんじゃないですか」
「マジか?」
「マジです」

自分と目の前にいる少女は、味覚がまったく異なるのであろうか。
そう思わずにはいられなかった。
もしかしたら、昔あったお菓子のように当りとはずれが交じってて、たまたま自分が選んだのがはずれのやつだったのか。
と歩は「そんな筈はない」と心の中で突っ込みを入れつつも、再びダシ巻き卵に箸を伸ばした。

「……………………。お茶くれ」

やはり、そんな筈はなかった。

「……はい」

理緒は苦笑しながらお茶を注いでくれた。

 

「ごちそうさん」

歩がそう言うと、理緒は満面の笑みで、

「お粗末さまでした」

と言った。
お弁当は思っていた以上に美味しかった。(甘いのはあったが……)
それこそ、どこぞの漫画のように、食べた瞬間体が痺れて動けなくなったらどうしようかと思っていた。
勿論、こんなことは本人には言えはしないので、心の中だけで謝っておくことにした。

「それで、弟さん。総合点はどの位ですか?」
「百点」

聞かれる事は予想していたので、歩は直に答えた。

「何点満点中ですか?」

理緒の顔が強張る。

「百点」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ。嘘ついたってしょうがないだろ」
「うわぁ、嬉しいです」

理緒は言葉の通り、嬉しそうに笑った。

「あっ、でも、私なんかが百点なら、弟さんのは千点くらいですか?」
「言ったろ。百点満点だって。それ以上の点はないさ」
「えっ、でも……」
「旨かったよ。お世辞抜きで。それに、自分の作った物に千点なんて付けても意味が無いだろ」
「はいっ、ありがとうございます」

理緒は満面の笑みで微笑んだ。

「食わしてもらった俺が礼を言われるのは、変な話だな」

と、歩は苦笑する。

「でも、嬉しかったですから、ありがとう、です」
「そうか」

そう、歩も穏やかに微笑んだ。

 

「じゃあ、次は何に乗る?」
「そうですね。観覧車なんてどうですか?あれなら弟さんも大丈夫ですよね?」
「あぁ、そうだな」

歩は苦笑した。

 

「わぁ。見て下さい、弟さん。人があんなに小さいですよ。まるでゴミのようです」
「笑顔で毒を吐かないでくれ……」
「冗談です」

理緒はイタズラッ子のように、ペロッと舌を出して笑った。

「でも、いい眺めですね」

そう景色を眺める理緒の瞳は、まるで子供の様にキラキラしていた。
歩には、それが何だか可笑しかった。

「どうかしましたか?」
「いや、いいなぁと思って」
「えっ、何がですか?」

理緒の顔が少し赤くなる。

「何でも楽しめるとこが、さ。子どもみたいにクルクル表情が変わってさ」
「あはは。やっぱり、おかしいですか?」
「別に、そんな事はないさ」
「いいえ、おかしいですよ。この歳になって、一度も遊園地に来た事がないなんて……」

そう言って、理緒は少し寂しそうに笑った。

「……そうなのか?」
「はい……」
「まぁ、別におかしい事はないさ。だってあんたは、今遊園地に来てるじゃないか」
「……………………」
「……………………」

僅かな沈黙。そして、

「ふふ。あは、あははははは……」

突然理緒が笑い出した。

「確かに、そうですね」
「あぁ」
「何かでありましたよね。『こんな景色を眺めていると、俺たちが抱えている悩みなんて、バカらしくなってこないか』でしたっけ?うろ覚えですけど」

そう言って、理緒はもう一度、硝子越しの広大な景色を眺めた。

「あぁ。確か『To……』」
「いえ、タイトルはいいですから」

理緒はそう言って苦笑した。

「どうでもいいですよね。遊園地に、来たことがあるか無いかなんて。今私は、弟さんと、こうして一緒にいるんですから」
「あぁ」

二人を乗せたゴンドラは、頂上に上り詰め、今はゆっくりと下降していく。

「弟さん。今日は、付き合っていただいて、ありがとうございました」

そう言って、理緒はペコッと丁寧に頭を下げた。

「楽しかったです。凄く。こんなに楽しかったのは、生まれて初めてです」
「大袈裟だよ」

本当にそう思っている事は、理緒の顔を見れば分かった。
そんな顔をされると、自分まで嬉しくなるから不思議だ。

「いいえ、大袈裟でなく、ホントです」

やっぱり、と歩は笑った。

「生まれて初めての遊園地だったからか?」
「えぇ、それもあります。でも、一番の理由は……」

理緒は一度深呼吸してから、再び言葉を紡いだ。

「好きな人と、一緒だからです。きっと……」
「えっ?」
「私は、弟さん…いえ、歩さんの事が、好きです。清隆様の弟ではなく、一人の男の人として」

そう、顔を真っ赤にして、真っ直ぐな瞳で見つめられた。
歩は、それから目を離す事が出来なかった。

「ごめんなさい。こんな事言われても、迷惑ですよね。私には、人を好きになる資格なんて無いんですから。私の手は、血に汚れているから……」

理緒は自分の手の平を見つめると、辛そうにそれをギュッと抱いた。
歩には、目の前の少女が、どんな風に生きてきて、どれだけ辛い思いをしてきたかは分からない。
自分には、何も出来ないのかもしれない。
けれど、何もしないのは、嫌だと思った。
何もしない事の無意味さ。
それを教えてくれたのが、この少女なのだ。
次は、自分が何かしてやりたい。
そう思ったら、自然と腕が伸びていった。

「そんなことない」

伸ばした腕で、歩は理緒を引き寄せた。
その際に、座っている所から落ち、背中を少し打ってしまったが気にしない。
理緒の小さな体は、歩の腕の中にスッポリと納まっていた。

「あ、あの……」

理緒は訳が分からず、腕の中であたふたしている。
そんな理緒にかまわず、歩は理緒の耳元で、

「俺もあんたの事が好きだ」

そう囁いた。

「えっ?」

それを聞いた理緒は、ポカーンとした顔で歩を見上げる。
歩はフッと微笑むと、理緒をギュッと抱きしめた。

「使い古された台詞かもしれないが、人を好きになるのに、資格なんていらないさ。理屈じゃないからな」

そう言った歩を、理緒は可笑しそうに、それでも嬉しそうに微笑んだ。

「理屈じゃないなんて、歩さんらしくありませんよ」
「そうか?あぁ、そうかもな」

確かに、と歩も笑う。

「私、歩さんの傍にいてもいいんですか?」
「あぁ。俺も、あんたと一緒にいたい。傍にいてくれ」
「私は『ブレード・チルドレン』なんですよ?」
「関係ない」
「いついなくなるか、分からないですよ?」
「大丈夫だ。俺が必ず守ってやる」
「はい」

そう頷き、理緒も歩の体に腕を回す。
歩はそれに応えるように、理緒を抱く腕に、ほんの少しだけ力を込めた。

「歩さん。お願いがあるんですけど、いいですか?」
「なんだ?」
「私の事、理緒って、呼んで下さいませんか?」
「あぁ。理緒」
「歩さん」

自然と二人の距離が縮まっていく。
そして、二人の唇が触れ合う瞬間……。

「お疲れさまでした〜」

お約束のように、扉が開いた。

 

帰り。
電車に揺られて、歩は理緒の方に凭れて眠ってしまっていた。
その肩から伝わってくる温もりが、今はとても愛おしく感じた。

―いつまで一緒にいられるか分からないけど、終焉のその時までは、あなたの側にいさせて下さい……。

理緒も歩に体をあずけ、その瞳を閉じた。

 

 

 

《Sweet Holiday》

 

「うぅ〜……」
「どうかしたか?」

テーブルを挟んで、何か理緒が唸っている。
今日は日曜日。
あれから、二人はよく一緒にいるようになった。
休みの日でも、今みたいに理緒が歩のマンションに遊びに来る。(ちなみに、まどかは仕事)
そして今は、歩の作った料理を二人で食べているのだが……、何故だか、理緒が一口食べただけで固まってしまった。
味には自信があったのだが……。

(やはり甘くないと駄目か?)

そう思ったが、ハッキリ言って、あんな凄い物は作りたくない。
ウエディングケーキひとつ分に匹敵するのではないかと思ったくらいだ。

「口に合わないか?」
「そんなことありません}

バンッとテーブルを叩いて、理緒が立ち上がる。
その際に、コップのお茶がゆらゆらと揺れる。

「とっても美味しいです。私が作るよりも全然」
「そりゃどうも」

呆気に取られている歩を見て、ハッとなり、理緒は座った。

「ご、ごめんなさい」
「別に」

歩は可笑しそうに笑った。

「どうやったら、こんなに美味しく作れるんですか?」
「別に、普通に作っているだけだが?」
「そんなこと言われたら女の子としての立場がないですよ」

理緒がハ〜ッと溜め息をつく。

「私ももっと料理が上手になりたいなぁ」
「あれだけ出来れば十分だと思うが?」

先日のあのお弁当はなかなか旨かった。(甘いのは別として)

「あれじゃあ全然駄目です」
「どうしてだ?」
「それは……」

と、何故か理緒は口ごもった。

「私は、もっと美味しい料理を、歩さんに作ってあげたいんです」

そう理緒は顔を真っ赤にして言った。
歩はそんな理緒を純粋に可愛いと思った。
そして、ちょっとだけイジメてみたくなった。

「俺は、自分が作った物より、理緒のヤツの方が美味しいと思うぞ」
「そんな嘘と分かりきったお世辞はいいです」
「嘘じゃないさ。人間、好きな人が作ってくれた料理が、一番旨いものだからな」
「えっ」

この言葉に、理緒は顔を再び真っ赤にした。

「と、突然何を言い出すんですか?」
「別に。ただ言いたくなっただけだ」

理緒はム〜ッと歩を睨んだ。

「からかってますね?」
「まあな。だが嘘は言ってない」
「うぅっ……。私も、歩さんの事は、好きです……」
「あぁ。知ってる」
「うぐぅ〜。いじわる」
「それは止めろ。そろそろファンに刺されかねん(作者が)」

 

「歩さん」

食べ終わり、皿洗いをしているところに、後ろから理緒が抱き付いてきた。
付き合いだしてから分かった事だが、二人でいる時、理緒は異様に自分とくっついていたがる。
そうすることで、安心感を得ようとしているのだろう。

「洗い辛いんだが……?」
「気にしません」
「俺は気にする」
「じゃあ、しないで下さい」
(メチャクチャな理屈だ)

歩は諦めて、苦笑した。
理緒は不安だった。
理緒は今、生きてきた中で、一番幸せだと感じている。
それ故に不安なのだ。
自分は呪われた子供、『ブレード・チルドレン』なのだ。
理緒は、この幸せが長くは続かない事を知っていた……。
だから理緒は、それまではこの愛しい人の温もりを感じていたいと願う。
この温もりを、忘れてしまわぬように……。

「はぁ」

歩は皿を洗い終わると、やれやれとひとつ、溜め息をついた。

「なぁ、理緒。俺は、そんなに頼りないか?」
「えっ?」

全く予想もしていなかった言葉に、理緒は驚いて歩を見上げた。

「言っただろ?俺が、必ず守ってやるって。終焉を恐れる必要なんてないんだ」
「歩さん……」
「どんな事があっても、必ず守るから、だから、もうそんな不安そうな顔をするのは止めてくれ」

歩の手の平が、理緒の頬に触れる。

「俺を信じてくれ」
「歩さん……」

涙が出てきた。
歩の言葉が、嬉しくて。
そして、その人の事を、信じきれていなかった事が、悲しくて……。
信じる事を決めたのは、自分だとゆうのに……。

「ごめんなさい、歩さん……」

理緒は歩に抱き付き、歩もそれに正面から抱き返してくれた。

「ちゃんと、守って下さいね。信じてますから」
「あぁ」

これで、不安が全て消えたわけではなかった。
しかし、歩を信じていれば、きっと大丈夫だという確信も持てた。

――大好きです。あなたを好きになれて、私は幸せです。

 

 

―――――――――――――――

あとがき

こんにちは、御神楽 華音です。
さて、スパイラルSS〜幸福の形〜如何でしたでしょうか?
この話は実は私が高校の時に書いた話です。
前から探していたのですが、やっとフロッピー(あの時はフラッシュメモリーの存在を知らなかった)が見付かったので、
今回やっとサイトにUPすることが出来ました。
殆んど変えずに、そのまま乗せました。

昔書いた小説を読むと、その拙さに恥ずかしくなるとか言いますが、何故か私は逆でした。
「え、今の自分より上手くねぇ?」
なんて思ってしまいました。
何故だ……。

スパイラルは本当に大好きな漫画でした。
終わってしまって残念です。
もう半年以上経ちますけど……。
その中でも、一番好きなカップリングだったのが、歩×理緒です。
私が書いたスパイラルの小説はこれっきりですが、脳内で出来上がった作品はまだまだあるのですよ(笑)

では、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
私自身、これを久しぶりに読んで、またスパイラルの小説を書きたくなりました。(実際に書くかは別として……)
もし宜しければ、感想等頂ければ幸いです。

この小説が、あなた自身をも幸せな気持ちにしてくれることを祈っております。
それでは、またの機会がありますように。

ありがとうございました。


20061010 御神楽 華音


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