俊一は、あれから二人と別れて帰路についた。
あの母親のことだから、早く帰らなければ、本当に宿無しになってしまう。

(そもそも、あの母親はわざわざ小樽から何をしに来たというんだ?
仕事はどうした?)

俊一はアパートへ急いだ。
アパートに着くと、鍵が開いていた。
確かに閉めて出たはずだ。
つまり、本当に母親が来ている、ということだろう。
あの電話が狂言だということを祈っていたのだが……。
俊一は諦めて、ドアを開いた。
すると、そこには母親の物らしき靴と、あと二足、子どもサイズの靴がキレイに並べられていた。

「?」

首を傾げて中に入ると、母親は何をするわけでもなく、ただジュータンの上に座っていた。
久しぶりの母親の顔は、少し疲れが見えた。
どんなに仕事が忙しくても、疲れを知らないように生きてきた母親にしては珍しい。
そして、ベットに目を向けると、小さな女の子が二人、スヤスヤと眠っていた。

「やっと帰ってきたか。失敗作の我が息子」

疲れているようでも、口の悪さは相変わらずだった。

「突然どうしたんだ。こんな子どもまで連れてきて。つーか、誰の子どもだ?」

子どもが寝ているので、俊一はなるべく小さな声で話し掛けた。

「その二人が、今日ここに来た理由だ」
「と、いうと?」
「お前、今日から二人の面倒を見ろ。つまり、二人の保護者になれ」
「はぁ?」

あまりの突拍子のなさに、つい変な声を上げてしまう。

「間抜けな声を出すな。二人が起きるだろ」
「あ、あぁ、悪い……」

俊一は反射的に口を押さえた。

「しかし、どういうことだよ?」

俺のその問い掛けに、母親は面倒臭そうに――、いや、思い出したくない事を思い出している。
そんな風に答えた。

「その子たちは、親に捨てられたんだ」
「捨てられた?」
「あぁ、お前、私の弟を知っているか?」
「あぁ、会ったことはないけど」

いや、会ったことはある。
ただ、まだ幼い頃だったので、覚えていなのだ。

「この二人は、その弟の娘だ。つまり、お前とは従兄妹ということになるかな」
「へぇ。こんな小さい従兄妹がいたんだな」
「まぁ、私とあいつが十も年が離れているからな。必然的に、お前とこの子たちの年齢も離れるだろうな」
「へぇ」

十も違うとは。
もっと昔ならそれもよくあることだったろうが、今時にしては珍しい。

「あいつは、昔から良く勉強が出来て、成績も学年トップだった。
高校も大学も一流の所へ行ったよ。勿論、その後も一流企業に就職した。
所謂、エリート街道、ってやつかねぇ。だが、この不況のご時世、あいつはリストラされちまってな。
何の障害も無く、そこまで歩んできた奴だったから、躓いた時の起き上がり方を知らなかった。
あいつは、再就職先も探さず、酒ばかり飲むようになった。
嫁さんとも喧嘩の毎日。その嫁さんとの馴初めも、少々のドラマがあってね。
なんでも、彼女の母親は、有名な日舞の家元らしくてね。
後を継ぐのが嫌で、家を飛び出してきたらしいんだ。そこで弟と出会い、恋に落ちた。
ただ、ドラマチックな恋をした奴ほど、現実長くは続かない。
毎晩喧嘩の日々。そして揃って出て行った。そこの二人を残してね」

母親はベットの二人を見つめた。
二人の寝顔は、とてもやすらかだった。
だが、頬はこけ、目の下にクマがあるようにも見える。

「親同士の喧嘩の所為で、眠れない日が続いたんだろう。
それに、満足に食事も摂ってなかったようだ。驚くほど、二人は軽い」

そう言って、母親は溜め息を吐いた。
いつも俊一に対して吐く溜め息とは違う。
疲れと怒りが入り混じった、そんな溜め息だった。

「いや、ここまで来ると、これはネグレクトと言ってもいいだろうな」
「ネグレクト?」

聞き覚えの無い言葉に俊一は首を捻った。

 

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