大抵のスーパーの入り口には、カゴが用意してある。
スーパーに訪れる人の殆んどは、これを使うと思う。
俊一も、今日は夕食の買い出しなので、食材全てを手で持てるわけもなく、カゴが必要となる。
だが、今俊一は二人と手を繋いでいるため、カゴが持てない。

(さて、どうするか……)

そう頭を捻っていると、俊一の目がカートを捉えた。

「なぁ、二人とも、カートを押してくれないか?」

恐らく、子どもはカートを押すことが好きだろうと思った。
自分も昔好きだったので、スーパーに行くたび「僕が押す」と、
カートを押しながら、母の後ろを歩いた。

「はい、お兄さま」

瑞音は素直に頷き、カートを持ってきた。
珠奈は俊一の手を握ったままだった。
まぁ、片手が空いたのでよしとしよう。

次なる問題は、何を作るか、だ。
今まで料理などしたことがないので、大した物は作れない。

「二人とも、何か食べたい物はあるか?」

考えていてもしょうがないので、二人に聞いてみる。

「お兄さまがつくってくださるものなら、なんだってかまいません」
(この子は本当に6歳か?)

呆れ半分、感心半分に苦笑する。

「じゃあ、好きな食べ物は?」
「私は、えだまめときゅうり。それと、やきとりが好きです」
(酒のつまみ?)
「そうか。珠奈は何が好きなんだ?」

俊一がそう尋ねると、珠奈は少し考えた後、

「ご飯……」

と答えた。
日本人らしい、とでも言えばいいのだろうか?
とにかく、これではまだ夕飯のメニューが決まらない。

「じゃあ、嫌いな食べ物は?」

折角作って、食べて貰えないのは悲しいので、
選択肢を減らす意味も込めて聞いた。

「ゴーヤがきらいです……」

瑞音が申し訳なさそうに答えた。

「あぁ、心配しなくても、多分こんなところに売れてないから大丈夫だよ」

売れてても買わないけど……。

「珠奈は何かあるか?」

俊一が聞くと、珠奈はボソッと、

「トマト……」

と答えた。
若干選択肢が狭まったものの、俊一自身はトマトはわりと好きだったので、少々ショックだった。
しかも、結局は夕飯を何にするか決まっていない。
俊一は、取り敢えずぶらぶらと歩いてみることにする。
そう広くもないので、歩きながら決めようと思った。

冷凍食品のコーナーで、枝豆を見つけたので、それをカゴに入れる。
瑞音は何も言わなかったが、何となく嬉しそうな気がした。
次にギョーザを見つけた。
俊一の好物のひとつである。
パッケージの裏を見てみると、簡単な作り方が乗っている。
これなら作れそうだと思った。

「ギョーザは平気か?」

一応、確認を取る。
瑞音は、

「はい、だいじょうぶです」

と答え、珠奈もコクリと頷いた。

ご飯、枝豆、ギョーザ。
さて、何かあと一品くらいあった方が良いのか。
それともこれで充分か。
少なくとも、俊一はまだ何か欲しかった。

(味噌汁でも作るか?簡単そうだし)

根拠もなく、そう思った。
取り敢えず、ネギと豆腐をカゴに入れる。
次に味噌だが、米味噌やら麦味噌やら、その中でも赤とか白とかあり、正直チンプンカンプンだ。
途方に暮れた俊一は、誰かに聞くことにした。

(誰かって、誰だよ?)

自分で心の中で突っ込む俊一。
結局、梨花に聞くことにした。
ポケットから携帯を取り出し、電話帳から梨花の番号を探す。
携帯を耳に当て、暫し待つ。
三回目のコールの途中で、梨花が出た。

『もしもし、俊一君。どうしたの?』

電話の向こうでは、『俊一、どうして俺に掛けてこない?』という声が聞こえる。
どうやらまだ一緒にいるらしい。
結局仲良いんじゃないか?
まぁ、今はそれはどうでもいい。

「なぁ、梨花の家は、味噌汁に何味噌使ってるんだ?」
『はぁ?』

受話器の向こうから、素っ頓狂な声が聞こえる。
どうやらストレートに聞きすぎたらしい。

「いや、今日は自炊をしようと思って。それで、味噌汁作ろうと思ったんだけど、味噌の種類が沢山あってな……」
『あぁ、そういうこと?珍しいね。いつもはコンビニ弁当や店屋物をローテーションなのに』
「まぁ、いい加減体によろしくないかな〜、と……」
『もっと早く気付きなさいよ。良かったら、私作りに行くよ?』
「いや、流石に悪いよ」

これから毎日自炊の予定だ。
いきなり人の手を借りるわけにはいかない。

『遠慮しなくてもいいって。俊一君には、隆之共々お世話になってるし』
「いやいや、そもそも、お前はその隆之の彼女だろ。他の男―ましてや、
一人暮らししている男のところになんて来るなよ。無防備にも程があるだろ」
『俊一君なら、隆之も何も言わないわよ。それに、隆之も来るだろうし。なにしろ、こいつ友達いないから』

梨花の可笑しそうな笑い声と、隆之の不満の声が一緒に聴こえてくる。
どうやらイチャついているようだ……。

「うんにゃ、それでも、やっぱりいいよ。実は、これから毎日自炊するつもりなんだ。
だから、いきなり頼るわけにはいかんのですよ、奥さん」

イチャつく梨花をからかう風に、おどけて言った。

『奥さんって……。でも、どうしたの?何か、あった?』
(あったけど、簡単に説明出来るものでもないしな……)
「まぁ、それは追々話すよ」
『そっか。うん、じゃあ、何だかよく分からないけど、頑張ってよね。
言ってくれれば、いつでも手伝いに行くから』
「あぁ、ありがとう」
『それじゃあ、頑張ってね』
「あぁ、じゃあな」

俊一は通話を切り、携帯をポケットにしまった。

「あの、お兄さま……」
「ん?」

ふと、瑞音にズボンの裾をクイクイっと引かれる。
振り返ると、瑞音は申し訳なさそうに、

「そんなにむりをしていただかなくとも、わたしたちはべつに、かまいませんから……」

と、そう言った。
先程の電話を聞いてのことだろうか。
確かに、自分は味噌の種類も分からない、料理の素人だ。
二人にきちんと旨い物を作ってやれる自信もあまりない。
それでも、ここは引き下がるわけにはいかなかった。

「なぁ、瑞音。もし、お前がさっきの電話のことを気にして、そう言っているなら、気にしなくていい。
これからは、お前たちの食事は俺が作るんだ。料理は得意じゃないけど、でも、頑張るよ」
「ですから、そんなふうにむりを……」
「頑張ることと無理をすることは違うよ」

俊一は瑞音の言葉を遮って言った。

「遠慮なんてしなくていい。食べたい物があったら、なんでも言え。作るから。
作れなくても、作れるように、努力するから。それを、無理することだなんて、思わないから。な?」

クイクイッ。
服を引っ張られる感覚。
それは、珠奈だった。
その瞳は、真っ直ぐ俊一を見つめている。
その珠奈が、珍しく、口を開く。

「カレーライス……」
「ん?」
「カレーライス、作ってくれる……?」
「あぁ、今度作ろう」

俊一がそう言うと、珠奈がほんの僅かに、微笑んだ様に見えた。
感情の変化が乏しいのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
珠奈も、瑞音も、親に捨てられたばかりだ。
もしかしたらその所為で、珠奈は心を閉ざしてしまったのではないか。
そう考えた俊一は、二人に優しくしてやりたいと思った。
たとえ、それが単なる同情にすぎないのかもしれない。
だが、今の二人には、俊一しか頼る人間がいない。
だったら、自分は二人を受け入れてやりたいと、そう思った。

「なんだって、作るから」

そう微笑む俊一の手を、今度は瑞音が握った。

「ありがとう、ございます……」

何だか泣きそうな顔にも見えたが、それでも瑞音は笑顔でそう言った。
泣き笑いではなく、ただ、嬉しそうに。
俊一は、そんな二人の頭を順番に撫でた。

「腹減ったな。帰って、メシにしよう」
「はいっ」

瑞音が笑顔で頷き、珠奈は無言で頷く。
笑顔でいる瑞音も、物静かな珠奈も、何だか可愛いなと、俊一は思った。
そんな二人を連れて、俊一はレジに向かう。
そして……、

「あっ、結局味噌の種類聞いてない……」

俊一がそれに気付いたのと、梨花からそれについてのメールが来たのは、ほぼ同時だった。

 

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