「あっ、俊にぃ」
公園では、いつものように優達が遊んでいた。
俊一の姿を見付けると、パタパタとかけて来る。
「俊にぃ。うしろのひとは?」
子ども達の無邪気な瞳が、ジ〜っと隆之と梨花を捉える。
子ども慣れしていない二人は、ぎこちなく微笑んだ。
「あぁ、隆之と梨花っていって、俺の友達だよ。梨花は優しいから、みんな後で遊んでもらえな。
けど隆之は危ない人だから、近づいたらダメだぞ」
「おいっ!」
「うんっ、わかった」
「うおぉいっ!」
「俊にぃ、あそぼうよ」
優の興味は、あっという間に俊一に移った。
梨花の方は、沙佑に「あそぼうっ」と手を引っ張られている。
(子どもなんて嫌いだ)
隆之はゲンナリとそう思った。
「あぁ、後でな。今は瑞音と珠奈を頼むよ」
「うん、わかった。じゃあ、あとでね。ぜったいだよ」
「あぁ」
「じゃあ、いこう、瑞音ちゃん、珠奈ちゃん」
「はい」
瑞音は素直に頷いたが、珠奈はジ〜ッと俊一を見上げていた。
人見知りなのか、珠奈は未だに優たちと打ち解けていない。
「珠奈も、瑞音や優たちと遊んでおいで。俺も後で行くから」
しゃがんで珠奈にそう言い聞かせ、頭をクシャッと撫でてやった。
珠奈は、まだ俊一を見つめていたが、やがてコクリと頷くと、俊一から離れて瑞音の手を握った。
本当は、俊一と瑞音の、どちらとも離れたくはないだろう。
しかし、子どもは大人が思っている以上に敏感である。
これから、隆之たちと、何か自分達に聞かせたくない話がある。
それが何なのか、子どもなりに分かっていた。
しかし、それでも自分はここにいない方がいい。
だから、珠奈は瑞音と一緒にその場を離れた。
梨花の方も、
「後で一緒に遊ぼう」
と約束することで、沙佑を納得させた。
「瑞音と珠奈の親、いなくなったんだ……」
俊一は、そんな子ども達が遊ぶ姿を眺めながら、三人で暮らし始めた経緯を話し始めた。
…………………
……………
………
…
・
「そっか…そんなことがねぇ……」
全て聞き終えた後、隆之はやるせないといった感じに呟いた。
「だから俊一君、自炊始めたんだ」
梨花も、複雑そうに苦笑する。
「言っとけど、他の奴には言わないでくれよ。お前らだから話したんだ」
「あぁ、分かってるよ」
「俊一君。私達に出来ることがあったら、何でも言ってね」
「あぁ、ありがとう」
どのみち、高校生である俊一に出来ることは高が知れている。
二人の助けが必要になることが、きっとあるだろう。
だから、二人の言葉が素直に嬉しかった。
「そういえば、学校にはなんて説明するんだ。未成年のお前が子どもを養うなんて、学校側は許可しないだろう」
「ん〜、まぁ、母さんが何とかするんじゃない?」
「そんな楽天的な。最悪、施設に入れられちゃうかもしれないんだよ?」
「大丈夫でしょ。それをしたくなかったから、母さんは俺の所に連れて来たんだと思うし。平気だよ。あの人は、無敵だから」
そう言う俊一の顔は、二人が今まで見たこともない…疲れた(憑かれた?)ような顔をしていた。
だから、二人はそれ以上何も言えなかった。
それと同時に、俊一の母親に興味を持ったが、出来れば会いたくはないとも思った。
「俊にぃ〜。まだ〜?」
「おぉっ、終わったよ。今行く〜」
3、4分毎に、頻りに声を掛けてくる優に大きく手を振って応える。
「お前らも行こうぜ」
「え、俺も?」
「あぁ、偶には悪くないと思うよ。子どもの相手も」
「いや、でも俺、子どもは……」
「つべこべ言うなっ!」
渋っている隆之の背中を、梨花がバンッと叩いた。
「ほらっ、行くわよ」
そのままバンバンッと叩いて、強引に前へ前へと進ませる。
「いてっ、いてーよ」
「ならシャキシャキ進む」
「だからって叩くな」
二人でギャーギャー言いながら、二人は子ども達の輪の中へ入っていった。
「いいコンビだな」
俊一はそう苦笑して、二人の後を追った。
「じゃあね、俊にぃ」
「あぁ、気をつけろよ」
「ばいばい」
手を振って家路につく優たち4人に、俊一たちは同じ様に手を振って応えた。
「どうだ、隆之。子どもと遊ぶのも悪くないだろ?」
「いや、もう勘弁だ」
隆之は疲れ切った顔で溜め息をついた。
「くそ、鉄太のやつ。執拗に肩車せがみやがって」
隆之は、鉄太を乗せて痛くなった肩をコキコキと回した。
最初は普通に鬼遊びをしていたのだが、鉄太は飽きてしまったのか、隆之に肩車をせがみはじめた。
最初は断っていたのだが、何度も頼まれ、遂には梨花にまで、
「やってあげなさいよ」
と言われ、渋々やることになった。
そうすると、鉄太は中々降りない。
漸く鉄太を降ろすと、次は沙佑にせがまれる。
鉄太にやった手前、断れなかった。
二人を二回ずつ肩車した頃には、早くも肩と腰が痛くなってきた。
それでも二人は隆之のことはお構いなしに肩に乗った。
結局、合計して二人を5回ずつ肩車した。
その所為で、まだ肩が重い。
「ったく、俺にばっかり頼みやがって。俊一にだって…あっ!」
しまった、と思った瞬間。
「ぐふっ!」
梨花の肘鉄が入った。
「い、今のは…確かに、俺が…悪かっ…た…けど、肘は…ねぇ、よ……」
ガクッと膝をついた隆之に、追い討ちをかけようと梨花の足が高々と上げられた。
「お、おい…ちょっと……」
俊一は、急いで瑞音と珠奈の目を塞いだ。
ズゴッ
その鈍い音に、二人は俊一の腕の中でビクッと体を震わせた。
「ごめんね、俊一君。無神経な奴で」
「い、いえ……そんなに気を使って頂かなくとも……」
梨花の後ろで、ピクピクと痙攣している隆之を見ると、何故だが敬語で話していた。
隆之と梨花と出会ったのは、高校の入学式の日。
教室でだった。
「あ、テニスのラケット。君、若しかしてテニス部に入るの?
強いからねぇ、ここのテニス部。俺も中学の頃は軟式でやってたんだぜ」
テニスラケットを持っている俊一に、隆之は行き成り話し掛けてきたのだ。
因みに、俊一はテニスの特待生で入学したので、この時はもうテニス部員だったのだが、隆之はそれを知らなかった。
「じゃあ、お前もテニス部に入るのか?」
てっきり、そういうつもりで話し掛けてきたのだと思っていた。
しかし、
「ははっ、まさか」
と一笑された。
「ここテニス部のレベルは知ってるよ。3年間球拾いで終わるなら、女の子の多い部に入った方がいいよ」
「はぁ……」
そう俊一が呆気に取られていると、
「あんたは、何初対面の人に向かって堂々と情けないこと言ってんのっ」
と梨花が隆之の耳を引っ張った。
「いてててっっ」
「まったく……。
あ、ごめんなさいね、このバカが。私は、鷲野梨花。よろしくね」
耳を引っ張りながら、平然と自己紹介を始める梨花にも驚いたが、名乗られたからには返さないわけにもいかない。
「あぁ、三上俊一だ。よろしく」
「うん。あ〜、で、このバカが……」
「下川隆之だ。今度、一緒に女の子ナンパしに行こうぜ」
「あ〜ん〜た〜ね〜っ!!」
引っ張る手に捻りを加えると、隆之もそれと同じ方向に体を捩らせた。
「痛い痛いっ。千切れるっ。千切れる〜」
俊一と、隆之、梨花の出会い方は大体こんな感じだった。
初対面での遣り取りが普通ではなかった所為か、それから三人はよく一緒にいるようになった。
けれど、それは学校での話で、休日に三人で遊ぶなんてことは滅多に無かった。
それは、俊一が毎日部活で忙しかったからかもしれない。
なんだかんだで、二人っきりの時間が欲しかったから、というのは俊一の仮説だ。
それでも、三人でいることは楽しかったし、何より、二人が俊一の活躍を、まるで自分のことのように喜んでくれたのが、俊一は嬉しかった。
だから、俊一がテニス部を辞めた時、二人は誰よりも悲しんだ。
けど、本当に一番悲しんでいるのは、俊一だということに、隆之も梨花も気付いていた。
それからだ。
隆之と梨花が、俊一を頻繁に遊びに誘うようになったのは。
二人が気を使ってくれているのが、俊一には分かっていたが、それに甘えることにした。
テニスが出来なくなったことで、落ち込んでいたのが、自分で分かっていたから。
けど……
「俺は、もう大丈夫だよ」
二人には、随分と心配を掛けた。
けれど、もう大丈夫だ。
「こいつらがいるからね」
俊一は、そう瑞音と珠奈の頭を撫でた。
不思議そうに俊一を見上げる二人が、何だか可笑しかった。
「そっか。よかったよ」
穏やかに微笑む梨花を見て思う。
自分は、良い友人を持った、と。
願わくば、瑞音と珠奈にも、そんな友人が出来ますように、と。
「誰か…俺の心配…して、くれ……」
隆之のどうしようもないところは、相変わらずだと、俊一は苦笑した。