食事の後、二人を風呂に入れた。
「二人で大丈夫か?」
という俊一の言葉に、瑞音はしっかりと頷いた。
俊一の手を煩わせたくないよう、無理をしているかもと思ったが、かといって、一緒に入るのも何だか抵抗があった。
因みに、着替えは母親が持って来た荷物の中に入っていた。
新品も混ざっていたので、母親が数点新しく買ったのだろう。
それは正直助かった。
幾ら子どものとはいえ、男である自分が女の子の服や下着を買うのは、いくらなんでもキツイ。
「あ〜、珠奈ちゃん、だめっ」
「?」
お風呂の方からは、何だかはしゃいだ様な声が聞こえる。
人は裸になるとテンションが上がるのは。
それとも、水があると上がるのか。
はたまたその両方か。
そんな事をボンヤリ考えながら、俊一は食器を洗い始めた。
(何だか主婦みたいだな……)
男なのに。
まだ高校生なのに。
そう考えると、溜め息が出た。
暫くすると、二人がお風呂から出てきた。
「おふろ、おさきにいただきました。ありがとうございます」
「あ、はい、どういたしまして……」
(一体どこで覚えたんだ?)
たった六歳の少女が言うセリフではない。
(無理、してるのかな……。してるよなぁ……)
そう思っても、今の自分にはどうすることも出来ない。
瑞音は、嫌われないように必死になっているんだ。
一緒にいることで、安心できるようにすれば、瑞音も自然のままでいられる筈だ。
そう出来る様に、努力しよう。
「ん?」
珠奈の方を見ると、髪が濡れていた。
「珠奈、髪洗った?」
俊一が聞くと、珠奈は首を横に振った。
瑞音の方も、珠奈程ではないが、肩から下の髪が濡れている。
「もうしわけありません、お兄さま。おさえていたのですが、ぬれてしまいました……」
瑞音が申し訳なさそうに頭を垂れる。
確かに、二人の髪は、腰まで届きそうなほどに長い。
濡らさずに入るのは難しいだろう。
珠奈は髪全体が濡れているので、潜りでもしたのかもしれない。
瑞音が「だめ」と言っていたのは、恐らくそのことだろう。
「ほら、おいで」
ドライヤーを持ってきて、珠奈に後ろを向かせる。
ドライヤーを当てながら、珠奈の髪をワシャワシャとかく。
その髪は、とても細く、柔らかかった。
珠奈の後に、瑞音にもドライヤーをかけたが、同じ様に柔らかな髪をしていた。
(子どもの髪って、こんなに柔らかいんだなぁ)
子ども独特のそれには、感動すら覚えた。
勿論、ニキビ等ありはしないから、肌も木目細かくキレイだ。
母親も言っていたが、二人は可愛いと思う。
どうして、こんなにも可愛い子を見捨てることが出来たのだろうか。
俊一には理解出来なかった。
「よし、もういいよ」
ドライヤーを切り、頭をポンポンと撫でる。
「ありがとうございます、お兄さま」
俊一の手を煩わせてしまったと思っているのか、少し申し訳なさそうに、
それでも嬉しそうに、はにかんだ様に微笑んだ。
「……くは〜」
不意に、珠奈が大きな欠伸をした。
「珠奈、眠いか?」
時計を見ると、8時半。
5、6歳の子どもは、そろそろ寝かしつけた方がいいのかもしれない。
少なくとも、自分は9時〜9時半には寝ていた。
眠らされていた、とも表現出来なくもない……。
(夜更かししてたら怒るからな、あの母は……)
まぁ、それは今はどうでもいいか、と頭をガシガシ掻いた。
「え〜っと、確か歯ブラシが……」
歯ブラシも、母親が新しいのを買ってきていた。
二つとも、今流行りのアニメのキャラクターがプリントされている。
確かポリキュアといったか?
まぁ、それもどうでもいい話だ。
因みに、片方が赤で、もう片方が黄色い。
「二人とも、どっちがいい?」
まだ未開封なので、誰がどちらを使っても構わないだろう。
そして、瑞音が赤で、珠奈が黄色を選んだ。
特に迷った様子がなかったので、母親が買う時に、既に選ばせていたのかしれない。
後になって、そう思った。
瑞音と珠奈の身長より、僅かに高い洗面台。
珠奈は、そこに背伸びをして、口に中の唾を吐き捨てた。
「おわった」
そう言って、腕を伸ばして歯ブラシを渡してくる。
(仕上げ磨きって、やるべきか?)
俊一は、歯ブラシを受け取ってそう思った。
幼い頃に見ていた子ども番組。
子どもが歯磨きをした後、最後に、「仕上げは
おか〜あさ〜ん」とメロディー(?)が流れ、
母の膝の上で歯を磨いてもらうコーナーがあった気がする。
それに、家庭科か何かの授業で、子どもはまだ歯磨きが上手に出来ないから、
仕上げ磨きをしてあげた方が良いと習った覚えがある。
「じゃあ、仕上げをするから、口開けて」
結局、することにした。
しかし、他者の歯など磨いた経験が無いため、よく分からない。
それでも、力を入れすぎないよう、丁寧に磨いた。
「はい、おしまい」
蛇口に手が届かない珠奈の代わりに、俊一がコップに水を入れて渡してやる。
(台か何かを買ってきた方がいいかな?)
幾らなんでも、毎回コップに水を入れてやるのは大変だ。
蛇口に手が届きさえすれば、二人はコップに水を入れることくらいは出来る。
だから、自分は蛇口に手が届くようにしてやればいい。
瑞音にも、珠奈と同じ様に仕上げ磨きをしてやり、歯磨きを終了する。
(明日あたり、買い物にいくか。母さんが色々買ってきてくれたけど、それでも足りない物はあるし)
「よし、明日はデパートに買い物に行こう。二人の茶碗とかお皿とかも買わないといけないしな。
あっ、玩具も買おう。遊ぶ物が無いと退屈だろ?」
「いえ、そんなにきをつかっていただかなくても……」
そう遠慮する瑞音の頭を、俊一はクシャっと撫でた。
「子どもは遠慮なんてするな。もっと我侭言っていいんだぞ。俺も、そうやって生きてきたからな」
片親で、生活費を稼ぐのも大変だったろうに、俊一は今日まで不自由なく生活できた。
好きなテニスも思いっきりできた。
スクールにも通わせてもらったし、遠征費だって出してもらえた。
その点では、母親には凄く感謝をしている。
ただ、仕事で忙しい人だったから、あまり傍にいてくれなかった。
それだけが、寂しかった。
だから、母親は二人を自分の所へ連れて来たのだろう。
自分と同じ様に、二人にも寂しい思いをさせないように。
だからといって、高校生に幼児を預けるのはどうかと思うが……。
「珠奈も、何か欲しい物考えておけな。ここでずっとボーっとしているのも退屈だろう?
好きな物買ってやるよ。よほど高くなければな」
珠奈は暫く俊一を見上げた後、コクリと頷いた。
どうも珠奈は反応が鈍いのか。
それとも、何かを考えているのか。
それでも頷いてくれるのだから、今はこれで良しとしよう。
「瑞音。もし、いらないと言うなら、俺が勝手に決めるから。何かを買うことは、もう決めたからな。
だったら、自分の好きな物を選んだ方がいいだろ?」
そう言って、もう一度瑞音の髪をクシャっと撫でる。
瑞音は片目を瞑り、もう片方に目で俊一を見上げた。
「な?」
諭すように、そう囁くと、漸く瑞音は、申し訳なさそうに、ポツリと、
「ありがとう、ございます……」
と呟いた。
そして、次に瞳からポロポロと涙が溢れてきた。
「えぇ、な、何で?」
俊一は、慌てて瑞音の顔を覗き込んだ。
「ありがとう…ございます……」
「いや、別にいいって」
瑞音はその言葉に首を振った。
「いきなり、おしかけて…もう、おとうさんと…おかあさんも…いなくて……めいわくしか…かけられなくて……。
それでも…お兄さまは、わたしたちに…やさしくして…くれて……。だから…だか、ら……」
しゃくり上げながら、必死に言葉を繋ぐ瑞音。
不覚にも、俊一は目頭が熱くなった。
親に捨てられたというショックは、その小さな体で受け止めるには、あまりにも大きい。
それは、自分等ではとても計り知れない程に。
掛けるべき言葉が見つからない。
せめて、頭を撫でてやろうと、俊一は手を伸ばした。
しかし、その俊一の手より先に、瑞音の頭を撫でる、小さな手があった。
「珠奈、ちゃん……?」
瑞音は、泣き腫らした瞳で珠奈を見つめた。
珠奈は、真っ赤な目をした姉を、ただ撫で続けた。
「いつもと、逆ですね……」
そう言って、瑞音は微笑んだ。
その光景を見た俊一は、二人の間にある、絆を感じ取った。
考えてみれば、両親にその存在を否定されてきた二人は、何を拠り所にしていたのであろうか。
答えは、自分の片割れだ。
きっと、肩を寄せ合って生きてきたんだ。
そうすることで、二人は生きてこれたんだ。
自信が、薄れていく。
二人の負った傷は、あまりにも深い。
高だか高校生の自分に出来ることなんて、一体何があるというのだ。
それでも、今二人が頼ることの出来る人間は、自分しかいないわけで……。
もう、溢れる涙を止めることが出来なかった。
俊一は、思わず二人を抱きしめていた。
「お、お兄さま・・・・・・?」
戸惑う瑞音の声が聞こえる。
珠奈も、きっとキョトンとしているだろう。
それでも、俊一は二人を離さなかった。
「俺が、お前たちを愛する。お前たちの両親の分まで、愛していくから……。
もう泣かなくてもいいように、俺が傍にいる。それでも泣きたくなったら、俺が慰めてやる。
だから、もう二人で泣かなくてもいいんだ……」
これからは、もう二人で生きていかなくてもいい。
これからは、自分が傍にいる。
きっと、簡単なことじゃない。
想像もつかないような、大変なことがあるだろう。
だけど、絶対に、二人は守っていくんだ。
俊一は、深く心に誓った。
三人の生活は、ここから始まった―――