ているおぶぶるーしーど<フィル編>
・ているおぶぶるーしーど・

『おいつけなかった』
 そんなことばだけがぼくの中に響いた。


17.想いと、想いと、想いと、終わり(中)

 彼は一瞬、エリクシアスには見えなかった。
 ぼくにとって彼のイメージっていうのは、ふてぶてしくて不敵で食えなくて、もっといえばいけすかなくて。
 でも快速艇のへさきで叫ぶ彼は。
(叫ぶ、ての自体すでに“彼らしく”ないけど…)
 泣きそうになっていた。
 ガルディアに肩を支えられていた。
「阻止しなければ、…
 水の封印がとかれたら、シードがはじけて、エリーは…!」
 そのとき、快速艇に飛び降りるものがひとり。
「落ち着け、エリクシアス!」
 エンジュは彼の隣に降り立つと、彼を一喝した。
「貴様にはそのチカラがあるだろうが!
 我らを連れ、さっさと跳べ。やつらを倒し、恋人を救え!!」
「………………
 そうでした………。
 ありがとう、エンジュ。あなたのおかげで少し落ち着きました」
 でもまだ少し泣きそうな様子で、それでも精一杯笑って彼は言った。
「皆さん!
 エリーを救って…それからすべてをお話します。
 今はともに参りましょう。エリーの生命が危ないのです」

 ぼくたち――
 ぼく、ヴァン(もちろんお札ははがした)、サクラ、アーチェにガルディア、カルス、エンジュ、そしてエリクシアスは“水の泉”に跳んだ。
 そこはいうなれば、巨大な噴水。
 といってもそこは、今は封印されている状態。
 本来、水の力の吹き出し口として海中ふかく没しているはずのそこは、ただの小島としてたたずんでいた。
 そしてそこには。
「エリー!!」
 何人もの白ローブに囲まれて、青い髪の少女がひとり。
 豪奢な、水色と白の神官服ふうローブをまとった彼女は、顔を上げこちらを見た。

 綺麗な、オレンジの瞳。
 さくら色の唇。

 でもそれらは微笑まない。
 彼女は悲しげに、しかしはっきりとひとこと言ったのだ。
「来ないで」――と。


「エリー…
 水の泉の封印をとくのですね?
 分かっていますか? そんなことをしたら!」
「わかってるよ。
 大量の水の力を吸い込み、あたしのなかのシードが爆発的に精霊の本体を復活させる。
 つまりシードがはじけて、精霊エリエーシュが復活する。
 あたしはよくて重傷。
 ていうか、助からないよねおそらく。
 あの時とおんなじキズがまたできちゃね」
「わかっているならやめてください。
 突然、一体どうして…」
「あたしじゃ…やっぱムリだから」
 エリエナは…“エリー”は、悲しく微笑んだ。
「ゴメン、気づいちゃったんだ。
 気遣ってくれてありがと。でも…
 あなたに必要なのはあたしじゃない。
 エリエーシュさん、なんだよ」
 エリクシアスは彼女を一喝した。
「何を言っているんですか!
 わたしとともに旅してきたのはあなたです。
 わたしをずっとたすけてくれたのはあなたです。
 エリー、…あなたなんですよ!!」
 しかし。
「ううん。…
 それはあたしじゃないよ」

 彼女は微笑んだまま、首を左右し、語りはじめた。
 ぼくがかつて、本で読んだふたりの伝説の――
 かつて誰もきいたことなどないであろう、本人視点の物語を。




「目覚めるとあたしには記憶がなかった。
 あなたはあたしをエリエーシュだといった。

 あなたの使い魔にして仲間。
 あなたとあたしの故郷の守り手たる巫女。

 ――水のチカラが故郷から枯れて、水の精霊であるあたしも水神としてのチカラを失い、故郷は滅んだ。
 その日からともに水の泉の封印を解こうとしてきた、あなたの同志だ、って…。


 それからあたしは長く、あなたと旅してきたね。
 その間に“ネプチューンの巫女のチカラ”が使えるようになった。
 水の泉を開封できる――故郷をよみがえらせることのできる、あなたの夢をかなえるカギ。



 でも。
 それは、あたしのチカラなんかじゃない。



 ありえないじゃん。あたし、ロクに魔法も使えない出来損ないだったんだよ?
 あなたをたすけるチカラがあるのは“あたし”じゃない。
 水の泉の封印を解けるのは――
 あなたの悲願をかなえることができるのは、あたしじゃない。
 それは“あなたのたいせつなひと”。
 あたしの中にシードとしてねむってる…

 エリエーシュさん、なんだよ。


 そしてあたしはエリエーシュさんじゃない」


「そんな…!」
「あなたはわかってたはずだよ。
 あのとき目覚めたのは、エリエーシュさんじゃない。別人なんだって。…
 あなたはあたしをエリエーシュって呼んで、優しく接してくれた。けど、どっかムリしてた。
 旅立ったばかりのころにあなたがくれたのは、記憶を失ったたいせつなひとじゃなく、よく知らない女の子への手探りの優しさだった。…フィルがあたしにくれたようなね。

 あたしね。ほんとはあのとき記憶がなかったわけじゃないんだよ。
 いろんなとこアナだらけだったけど、…エリエニースって、本名も今朝まで忘れてたけど。すくなくともエリエーシュさんではないっての、はっきりわかってた。

 あのとき――

 足滑らせてガケからおっこちたあたしに、通りすがりのあなたがエリエーシュのシードを埋め込んだから、あたしは生命が助かったんだよね。
 覚えて…るんだから。

 あたしは…単なる苗床としてあなたに見出されたことも、知ってたよ。
 意識…あったから。
 あのときのあなたのコトバきこえてたから」
「エリー」
「それでも…


 あなたが“あたし”をやめさせてくれるってなら。


 いつかこのカラダをつかってエリエーシュさんを復活させて、できそこないのあたしを消してくれるなら。
 その間まもってくれるならやさしくしてくれるならそれでいいって…!」
 彼女は一瞬声を途切れさせる。

 でも、すぐに顔を上げる。

「…そのはずだったのにいつしか思い違いしてた。
 あなたはあたしを好きなんだって。
 あたしに優しくしてくれてるんだって。
 そんなこと絶対ないのに。…」


 彼女は、笑っていた。
 でもその両目からは、涙が。
 涙が次々ぽたぽた落ちて。


「ごめん。でももういいんだよ。
 決めたんだ。エリエーシュさんを復活させる。
 この水の泉の封印を解いて。
 最初のあなたの計画通り。
 あたしを壊してでも。
 あたしはそもそもあたしをやめたくてここまできたんだからモンダイはぜんぜんないよ。
 ごめんね、かあいそーなできそこない剣士のおもりなんかさせちゃって。
 惜しまないでね。あなたのことはすきじゃないから。だいきらいなんだから。
 優しくしてくれたお礼に、ちゃんと半分だけ開封するね。
 これからあなたの生きる世界が、いきなりバランス崩さずにすむように。



 さよならエリクス。げんきでね」



 エリクシアスが叫ぶ、駆け出す。
 つづいてぼくらも。
 でも吹き上げる、水色の光。
 とまらない。
 封印は解かれる。
 解かれてしまう。
“噴水”をおおっている、フタがゆっくりとずれていく。
 そしてあふれだす、水色の光。
 水のチカラ。
 同時に彼女は身体をおってしゃがみこむ。
 ローブの背中のあわせが広がり、きれいな背中があらわになる。
 そこにはしるふたすじの傷跡――『天使のキズ』。
 そこに、水の力が吸い込まれはじめる。
 呼応するように彼女の体が輝きはじめて。
 ゆっくりと、浮かび上がった。
 あたりを圧してゆく光。
 ひれふす白ローブ。
 彼らの一人を踏んづけて、それでもかまわず、走るエリクシアス。
 地をけって。
 手を伸ばして。
 水と光でできた巨大な翼をひろげ、空に帰ろうとする天使を、抱き止めるかのように。
 そのとき視界が完全に光に包まれて――



『おいつけなかった』

 そんなことばだけがぼくの中に響いた。





 目を開けるとそこは砂の浜辺だった。
 起き上がらずとも、少しはなれたところに人影が見えた。
 まだかすんだ目で見るソレはあまりはっきりしない。
 白と水色の神官服ふうローブの女性。
 青い服、青い長髪の背の高い男。
 女性の気高く、優しい声がきこえた。
「…う少し信じてくれてもよかったのですよ、エリクシアス」
「すみません、エリエーシュ。
 ですが…
 シードからの精霊の復活がヒトを傷つけないなど…思いもつかなかった。
 だってあなたはこうして実体を持っている…」
「ええ、しかたのない、ことね。
 それでもあなたは気になる、のでしょう?
 ならば償いなさい、エリクシアス。
 あなたが不当に悲しませたと思う、それと同じだけの人々を、おなじあなたの手で癒しなさい。
 それがあなたのなすべきことです。
 自らを責め、傷つけることではけしてありません」
「はい。あなたがそうおっしゃるのであれば」
「んん…」
 そのとき聞き覚えのある声がした。
「エリー!」
 エリクシアスは声を上げる――エリー、だって?
 目を凝らすと、見えた。男のひざまくらの上には、神官服ふうの人物がもうひとりいる。
 青い髪の小柄な少女。
 どうなってるんだ?
 エリーは、無事だった…のか?
「あれ? てんしさま??」
「いいえ。…わたくしはエリエーシュ。アクエア島の守り手である水の精霊です。
 はじめまして、エリエニースさん」
 すっとんきょうな声とともにエリーが身を起こす。
 優しく支えてあげながら女性が名乗る。
「えっ…?
 どうして? …あなたも死んじゃったの?
 あなたはわたしを苗床に、復活したんじゃ…」
「精霊の復活に苗床など要らないのですよ。
 あなたがたは、誤解をしていたのです。
 ですから、あなたは無事です。
 …辛かったでしょうね。
 でももう大丈夫。
 あなたは無事に生きています。
 これからも、生きてゆけるのですよ――エリクシアスとともに」
「え?!
 …嘘。
 だって…エリクスはあなたのことを…」
「ええ、たしかに大切に思っています。
 でもあなたの思っているようなそれではないのですよ、エリー。
 ちょうどよかった。きいてくださいエリエーシュ。

 わたしは…あなたをお慕いしております。
 ずっと伝えたかったのです。
 あの日…久しぶりに故郷にもどり、ひとっこひとりいない村の神殿で、あなたがシードと化しているのを見つけたときからずっと。

 つまらない意地を張って、家出同然に家を出たこと、死ぬほど後悔しました。
 言えばよかった。伝えればよかった。
 そのときから、わたしは旅を始めた。
 このキモチをあなたに伝えようと、…
 そのためにあなたをよみがえらせようと、…。

 ですが、その過程で。
 あなたに伝えなければならないことが、ふえてしまいました。
 わたしはあなたをお慕いしております。
 しかし、申し訳ないのですが、もうひとり、大切なひとが出来てしまったのです。
 彼女はいつもわたしを支え、献身的につくしてくれました。
 意地っ張りで不器用で、ちょっとひねくれててなきむしだけど、けなげで可愛らしくて、ココロは本当に優しい女性です。
 わたしはこの先ずっと、彼女とともに歩いてゆきたいと思っております。
 できれば、…家族として。
 新しい家族が増えることをお許し願えますか、エリエーシュ。


 どうかわたしに結婚のお許しを下さい、母上」


「え…



 ははうえ?」
「はい。」
「ははうえって、おかあさん?」
「はい。」
「え――!!
 じゃあその…つまり…」
「ええ、誤解ですよ。
 そういうわけで、わたしと結婚してくれますね、エリエニース」
「……え…え…え――――!!!」
 エリーはさけぶと、そのままぱたりとひっくりかえった。
「エリー!」
「エリクシアスったら。…この子のキモチは確かめてあげたのですか?」

 エリーを抱き起こしてあわてるエリクシアス、そして笑いをこらえるエリエーシュ。
 結末は、そのときにもう、ぼくにはわかっていた。
 エリーが目覚めるのを待つまでもない。
 すでに、そこにいたのは家族、だった――から。

 だからぼくは、起き上がるのを、やめた。
 ぼくの中で、何かが終わってしまったから。
 そのことを今はちょっとだけ、泣いていたかったから。


〜つづく〜



18.想いと、想いと、想いと、終わり(後)
16.想いと、想いと、想いと、終わり(前)
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