坂本龍馬 おりょう 楢崎将作

<女性永代供養墓> <寿寧院と永代供養墓>

龍馬の妻おりょう 没後100年

国事に奔走した風雲児・龍馬が「まことに面白き女にて月琴をひき申し候....おりょうがおればこそ龍馬の命は助かりたり」 と乙女に手紙の中で語る。寺田屋遭難で更に 二人の絆が強まり負傷治癒の旅に・暗殺から8年後西村松兵衛と再婚し、変化に富んだ生涯を(66歳)閉じた。 それから100年経った今.....おりょうの父楢崎将作と共に 八瀬西林寺より嵐山天龍寺塔頭寿寧院に移し新たに開眼法要執り行いそして100回忌法要を営みお祀りしています

坂本龍馬 寺田屋 おりょう

坂本龍馬 (才谷梅太郎)

1835年11月15日〜1867年11月15日 享年33歳
誕生 ・・生家跡は吉田茂の筆による「坂本龍馬先生誕生の地」として残っている 名前は母幸が雲龍奔馬が胎内にとびこむ夢をみたこと背中にタテガミのような体毛があり龍馬と命名 裕福な家の5人兄弟の末っ子で生れた 幼少期は はなたれ夜ばたれ泣き虫であったが14歳から剣術少年に生れ変わる 19歳で旅立ち28歳で脱藩するまで兄の許で暮らした 龍馬らしい活動は5年間と短いがその間に2つの神業を実現した偉大さに大変驚かされる  維新回転事業と貿易と海軍の仕事を他国中心に行動していたがのちは土佐藩に関わった
・・・千鶴は高松順蔵の嫁ぎ 海援隊士の坂本直と北海道開拓者の坂本直寛を世におくる・栄は脱藩時銘刀「肥前忠宏」を渡し 咎めを恐れ自害するが大志を励ます恩人だ・乙女は坂本の女仁王(175センチ 112キロ)と呼ばれるが芸事一通り以上こなす 龍馬に剣と心の教育を施した 姑と気が合わず離婚する 思い入れ深く 不幸を弟の夢に託す「エヘン エヘン」と多数の手紙を残し 人間龍馬を後世に伝えた陰の功労者139通(江戸〜大阪間早便で7両2部) 実はもう一通手紙が入っていたと指摘する「あやつられた龍馬」加治将一著  黒幕の秘密結社武器商人グラバーへ連絡していたと語る そしてテレビ放送もされた
旅立ち ・・文久2年3月24日夜 沢村惣之丞と脱藩する 倒幕攘夷で他国へ走る さらに江戸に出て 体を鍛えた 青春の出発点で 実に見事な時勢に出会う幸運 ペリーの黒船騒動で眼を開き 志を育み人間形成していった
出会い ・・・・勝海舟との出会いが剣士から「世界の海援隊」へ飛躍するきっかけとなる 河田小龍 武市半平太 松平春獄 西郷隆盛 木戸孝允 高杉晋作 中岡慎太郎 後藤象二郎 横井小楠 由利公正 岩倉具視ら 当時強力な影響力を持った一流の人脈に築き知識を吸収していった 国を思う考えに心を打たれ大人物に巡りあい人を見る目を養っていった 亀山社中や海援隊は 犠牲者だすが若い命と日本を救った
薩長同盟 ・・「西郷と木戸」2年半ぶりの和解 幕末の奇蹟 田中顕助は誰一人できると思わなかったと述べる亀山社中に天が良き時に仕事を与えた働きで8・18以来のしこりや苦杯から恨み合っていた両藩は手をつなぐこだわっていた面子対面は国の存亡迫る中で連合して倒幕の一大勢力形成 過去の経緯でいがみ合っていて日本はどうなる「今」お前さんがやらずに一体いつ誰がやるんだ(連合の裏書き)一介の浪人の身でありながら 二大雄藩の盟約保障を引き受けた 信頼の深さと歴史を書きす "ここから歴史は改まる"
寺田屋遭難とおりょう ・・1月23日夜100人の捕り手に囲まれながら助かった 幸運=1つ おりょうが入浴中外の人影を発見して裸で裏の階段から知らせた 2つ 高杉晋作が貸してくれたピストルで捕り手を撃ったすきに裏口から逃げた 3つ薩摩藩の手厚い保護受けられた(おりょうと祝言)「まことにおもしろき女にて月琴をひき申し候」 年は二十三 もと十分大家にて生花 香を聞き茶の湯致し候・名は「はい りょうと申します わしと同じ名じゃ」又お田鶴さまが呆然と息を呑んだほどの美しさであったそして龍馬の生涯を彩った 慎太郎は「若くて綺麗で三国一の嫁入り・・幾久しく鶴亀」西郷は「おはんがいたから助かった 偉か女人じゃ」と喜んだ
大政奉還 ・・後藤象二郎との出会いから 脱藩罪許され 海援隊の船出と続く 土佐藩も素浪人の二人に頼らなければならぬ新しい世に 兄権平は脱藩赦免の祝儀に"吉行 二尺三寸六分 反九厘九毛 粟田口忠綱とそっくりじゃと喜ぶ龍馬" 贈る 実はこの吉行が8ヵ月後に凶刃に合うことも 思いもかけない二人 船中八策の構想 無駄な血は流さないで徳川幕府300年の歴史に幕をおろす"機が熟すのをじっと待っていた" 同日倒幕密勅が薩長に下賜の策謀 更に1ヶ月後二人の暗殺3ヵ月後鳥羽伏見の戦いでご破算状態 だが慶喜の英断が暴発内戦も最小限に止まり列強の干渉侵略の隙を与えなかった
暗殺 ・・・佐幕派や尊攘派の二派から誤解され命を狙われる 刀からピストル万国公法や外国文化を取り入れて新しい時代に備える龍馬 「僕は役人を嫌う・・世界の海援隊でもやらんかな」と西郷に この時陸奥は「西郷より一層大人物のように面はれき」と曰く 大目付の永井尚志は「後藤よりも一層高大にして説く所も面白く」と評価した 酢屋から近江屋に移ってまもなくの11月15日 中岡と激論し油断した 一生で唯一最大の失敗床の間に刀を遠ざけた 武力倒幕し国内統一するか 武力なく有能な人材で政府を作るか手段の違う二人が激論する 平和倒幕か武力倒幕かそこに刺客が一の刀 二の刀 三の刀 龍馬は抜刀のまま流血で倒れる中岡は半死半生で苦悶 藤吉絶命に近し陸奥 白峰 宮地 島村 藩から谷 毛利 田中 薩摩から吉井らが到着 西郷=形相凄まじく後藤に苦情 土佐や薩摩にはあの位の人物いない 悔しいと泣いた 土佐藩=藩邸に不都合で入れない 薩摩藩邸に行けば嫌味になるし 幕府=永井尚志配下の見廻組 新選組のさしがねと風評がたち当惑した為 近藤勇に聴取・・別件で斬死 新選組=アリバイ主張 当時今井の短剣の腕前は噂になっていた 狭い座敷では今井でなければできない技だ おりょう=12月2日悲報受ける 夢枕に龍馬が全身紅に染み血刃をさげてしょんぼりと枕元に座っていた夢で もしや夫の身に変ありはせぬかと心を苦しめておりました・・・・・・・・・三人は東山霊山へ 涙をふるって木戸が墓標を書いた・・・・・・・・・・
土佐 ・・・背景に山内一豊以来 郷土を上士に取り立てず 身分差別を維持したため根強い反感残る 龍馬は脱藩して身分を捨て浪人の自由を得た経験から腐りきった世襲制より実力主義の人材登用をかかげた "いごっそう"=頑固強情 地元土佐で坂本龍馬はあまり関心高くないなぜか土佐の利益になってない日本国の功績大きく残したが土佐への見返り決して多くない 明治37年昭憲皇后の夢から 大政奉還が龍馬の発案と解った それまで後藤象二郎が手柄を一人占めにして恩賞受けていた 功労に対して口をつぐんだ
*西尾十四男氏と京都の地へ ・・・龍馬の活動拠点地京都 二大事業の檜舞台さらにおりょうに出会い恋しそして終焉の地となり 眠っている 楽しくもあり哀しい地でもある 楢崎将作の娘で『細面の瓜実顔は色あくまで白く典型的な京美人』おりょうゆかりの子孫で西村松兵衛の末裔の西村兵造氏は祖母のフサが夫婦の養女になった関係で 次の証言された@おりょうの遺言で松兵衛は分骨を携え東山の龍馬の墓と楢崎家の墓に分骨埋葬Aおりょうの遺品として龍馬日記 由利公正の扇子 掛軸の三点を秘蔵していたが火事で消出した B日記は直前まで書いていたもので活躍や情報が書かれていて龍馬の頭脳 才気 先覚精神に感動し娘小ユキ(兵造氏の母)に語り伝えた 以上の証言により龍馬の墓に二人が眠っていることが判明 魂に手を合わせる おりょうの意思を尊重した松兵衛にも偉いと思った 将にこの地は歴史の宝庫である              **西尾十四男氏は龍馬研究家の西尾秋風氏です
締めくくり 近代日本の礎を築いた人物 下級武士の家に生れ脱藩して身分を捨て藩を頼らず一匹狼で自由に動き回り途方もない神業をやってのけ一気に維新を駆け抜けた男 ここにヒーローを感じます

おりょう

龍馬の生涯を彩ったおりょう 島田まげを結い小ざっぱりした小袖を着ている きらっとした眼口元あごが引き締まり 美しい 乙女の手紙に「まことおもしろき女(才女)にて 月琴をひき申し候・・一向かしぎ奉行(炊事仕事)などすることはできず」と評している 龍馬はおりょう一家の苦境に同情し じっとしてられない気持ちになる おりょうは借金の形に妹が売られたが 死ぬ覚悟で助けだし連れて帰る 勝気な女であった 心を決めた龍馬菊屋の奥座敷で対面する二人 懐鏡で惚れた顔はどんな顔じゃろと見た そして寺田屋のお登勢に「美人だが 針仕事台所仕事は出来ぬが養女に貰ってくれぬか いや惚れたのよと頼る寺田屋遭難慶応2年1月24日 遭難以降「一生足手まといの嫁貰うつもり無かったがおりょうならどんな修羅場でも平気じゃろう」と結婚 そして九州旅行へ束の間の幸せ味わう 待ち焦がれる日が続く中訃報 8年後に横須賀にて西村松兵衛と再婚する それから坂本龍馬の2倍長生きする 明治37年昭憲皇太后の夢でおりょうの存在が世に知られる事に 霊山護国神社に坂本龍馬の君忠魂 寺田屋には恩賜記念碑が建立された そしておりょうには御下賜品が届くが その1月15日死去 台座には『桔梗の紋』がある 美人才女 近代的センス 個性強い

楢崎将作

おりょうの父親で京都東山の門跡寺院・青蓮院の侍医であり勤王家 頼三樹三郎 梁川星巌 池内大学らと親交があり数多くの志士たちを援助した 安政大獄で投獄されたが 出獄後の文久2年6月20日に病死 享年50歳

参考文献
坂本龍馬男の幸福論 宮地佐一郎 坂本龍馬101の謎 菊池明 竜馬がゆく 司馬遼太郎 龍馬 津本陽
坂本龍馬の人間学 童門冬二 坂本龍馬 八尋瞬吉 明治天皇記十 寺田屋 



永代供養墓

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