著者・ウオルフレン氏は左の本の中で、
日本には自国の信ずるに足る説明、という意味での歴史は存在しない』と述べ、『そのため日本人はいまなお愛国心を持てないでいる』とし、それは『国の過去を心理学的に解決しきれていないからだ』と分析している。

だから「ホンネとタテマエ」の歴史が存在することになり、それが国内外からの不信を呼ぶのだ。



ということで21世紀も日本は「タテマエ」の歴史をかざして、
億のウソ道(奥の細道)を借用(^.^)」を突き進もうとしている。

なかでも最近目につく「ウソ」とは…
日本海をはさんで
隣国の「北朝鮮」のことを
マスコミを始め、政治家までもが…


『北朝鮮』は日本にとっては
「関係のない知らない国」だ

…と言っていることだ。



…はたしてそうなのか?

 左のモンタージュは埼玉県日高市の高麗神社である。
祀られているのは、この地に渡来してきた若光王で、神社の宮司高麗家は60代も続く家柄だ。

 60代ということは1代が平均25年とすると1500年も遡るわけだ。
 この地にきた渡来人の数は、
『続日本記』の七一六年、霊亀二年五月条に、「駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、下野の高麗人千七百九十九人を以て武蔵国に還し始めて高麗郡を置く」とあるように1799人だから現代までに何人に増えているか。おそらく1千万人以上になるはずだ。つまり「高句麗(北)を出自とする人が日本の中にこれほどいるわけだ。

高句麗といえばコマ(高麗)とも呼ばれるが、ほかにも小松や小牧、駒の字がつく地名や国領、小暮、小倉、小椋なども高麗地名であり、バックナンバーに紹介した神奈川県湘南の高麗町も高句麗からの渡来地だ。         
高句麗というのは、高麗の中に『句』が入ったものだが、これらにまつわる名前が日本文化の中にはいろいろ拾い出せる。例えば
「駒下駄」や古代シャーマンの呪術でなじみの「コックリさん」などもそうだ。
そればかりではない!

上の写真(左)は高句麗神社のある西武線高麗駅前。右は高麗神社に奉納した人々の名札。そこには著名な裁判・司法関係者が名を連ねている。これはどうしてかというと…

『高句麗』の媛神・菊理媛がククリと呼ばれてきたことに由来する。後年源平合戦でも高麗家は「物資や金は提供してもどちらかに荷担することはご勘弁を」と中立を守ってきたという伝承があるのだ。

しかも高麗だけではない。
キミの町や村の白山神社もまた…

下の地図は、白山近くの白山神社所在図だが、きっとあなたの近くにもあるはずだ。その白山神社の祭神は『菊理媛(ココリ姫)』である。この神は名前のとおり高句麗からやってきた渡来神だ。日本海から望む秀麗な白山の姿は古代、朝鮮半島から渡ってきた人々にとっては希望の山だった。ところが現代、こうした事実は国民の目からは遠ざけられてきた。それはなぜか?


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なぜ日本の中に『古代・高句麗』の形跡があることを
日本政府やマスコミは隠すのか? その答えは

答えは、当然、歴史の中にある。

上記の参考に使った著書『古代天皇渡来史』の著者、渡辺光敏氏は韓国の大学で講師を務めているが、ある講演で「古代は、日本と百済は親戚のように親しくしていたのです」というと会場に詰めかけていたアジマたちは「それなのにどうして両国はいがみ合うの?」と涙ぐみながら訴えたという。

うしてみると日韓、日朝間の対立は延々と引っさげてきた「兄弟げんか」が原因の一つであることがわかる。がどうみてもこれは、ばっか馬鹿しい〜 (~_~)
そう、じつに馬鹿馬鹿しいのだ。インターネットで世界がつながった今日、いまだにこんな「信じるに足らない歴史」に振り回されるとは何たる愚かさ。といいたいのだが、日本には「天皇」に対して敏感すぎるほどのタブーがある。しかもそれをとりまく「忠臣」たちが渡来、征伐のときに得た「恩賞」である既得権を手放したくないから、日本の「国体」を壊すとみる21世紀のグローバリゼーションに、あくまで抵抗しようとするわけだ。
だが21世紀に夢を抱く若い世代の人はこの愚かしい、隠蔽された歴史をひっぱ返さないといけない。そう、「何も変わらない万世一系思想に」おさらばしないと「改革」も何にも始まらないのだ。
(-_-;)

こうしてみると日本と北朝鮮は心性的には
もっとも近い国と見ていいのだが、

日本のパスポートで旅行を許していない世界唯一の「国」になっているのである。

北東アジアの歴史書を読んだ人ならこの日本の対応に違和感を持つに違いない。が、ここにも冒頭に掲げた「ホンネとタテマエ」を器用に使ってきた日本の本質がみえるのだ。都合のいいことは国民に誇大に宣伝し、「万世一系思想」に都合の悪い材料は隠蔽するというわけだ。マスコミと文部省はその第一線で「権力の外堀」としてセッセと働いている。おそらくこの程度の知識でさえもまったく耳目に入らないことになっている。

がしかし、こんなマスコミからのメッセージもある。
内容の一部 一七〇〇年余り前に生まれ、日本独特の墳墓とされる前方後円墳によく似た石積みの古墳が最近、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)北部で相次いで発見されている
「温祚王の父は鄒牟(朱蒙)であって、鄒牟は北夫余を逃れて卒本夫余にいたり、その王女を娶って王となり、長男の沸流(ふつりゅう)と次男の温祚をもうけた。ところが鄒牟は別に北夫余でつくった子を太子としてよびよせたので、兄弟は臣下や農民をしたがえて南に向かい、ソウルに着いたが、沸流は分かれて仁川に行き、温祚は河南の現・ソウル市内に郡を置いた。国を百済と号したが、高句麗と同じく夫余の出身なので、夫余を姓とした」
朝鮮半島から日本への最後のステッピング・ストーン(飛び石)的拠点であった朝鮮半島南部の伽耶(加羅ともいう)の地で夫余の王朝が都城をもったのは金官加羅であろう、というのが江上さんの仮説であった。その金官加羅があったとされる金海市で騎馬民族の気配が濃厚になってきたのである。
というようにマスコミ界からも「ホンネ」の歴史が語られだした。きみは?

これで、日本が北を忌み嫌う理由の一つがわかってきた。
がもう一つある。それはメンツを重んじてきた両国の建国時からのこだわりだ。それはどっちが「古いか」ということだ。(^.^) ばっか馬鹿しいがこれが日本と北朝鮮の間でもっとも懸案になっている「ホンネ」なのだ。あ〜あ これを書いている最中に東北・宮城で発掘され話題を呼んだ縄文遺跡の遺構はウソだったというニュースがあった。まるでこのコメントのためにでてきた「億のウソ道」だな〜 (^_^メ) 

北朝鮮
檀君建国5000年以上
韓国
金首露建国2000年
檀君建国も祝う
日本
建国紀元2650年

日本は、北朝鮮と国交を回復すると隠蔽してきた日本古代史の真実がばれるのだ。その結果、戦前戦後を通じて唱えてきた「日本が朝鮮半島より上に立つ皇国」と教えてきた皇国史観が崩壊するからである。あ〜あ ホント どうする気なの? (^_^メ)

さて、冒頭にあげたオルフレン著の本をふりかえってほしい。彼はこの中で「日本人が愛国心を持てないでいるのは、信じるに足る歴史をもっていないからだ」と述べている。

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振り返ってみれば、情報開示はやっと始まったばかりだし、それでも行政の隠し事はいまだに枚挙に暇がない。そこには「ホンネとタテマエ」を使い分けながら国民をいいように支配してきた権力のホンネが見える。こうした行動原理を日本特有の文化だとマスコミが開き直っているかぎり日本は決して自らを「変革」することはできない。

まして自らそのことを認め、検証し、変革しようとする姿勢を見せない限り、またもやアジアの孤児となる可能性がある。あ〜あ 億のウソ道はまだ遠い…か

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